時計に関する随筆シリーズ (22)

〜栄光と破壊の狭間で〜
ドイツ時計聖地、ドレスデンDresdenにて。
(Part-2)
『ゼンパーオーパーSemperoperとBig-Date機構の因縁』



(↑上写真: ドレスデン(クローチェ)空港に掲げられたLANGE1の巨大ポスター。
このビックデイトこそがドレスデンの証し、グラスヒュッテの証しだ。
見た瞬間から何故か、気分は高揚する・・・) 



(朝一でゼンパーオーパーSemperoperの見学ツアーに参加〜)

朝9時スタートのゼンパーオーパー(=ゼンパー歌劇場)の案内ツアーに潜り込む。

オペラ劇場横の入口で待つこと15分。いよいよ一歩足を踏み入れると、そこは豪華絢爛な王宮のようなきらびやかな別世界(⇒右写真、荘厳華美なる内部は必見!)。

しかし気が付くと周りの人は皆、ドイツ人。ガイドも勿論ドイツ人。ムムム、まずい、どうやらドイツ語ツアーに潜り込んでしまったらしいが後の祭り。この後、一時間ほど続く解説は全くわからぬが、その分、自分なりの想像力と有り余る時間を利用して木目細やか?にオペラ場内を見学できたのは収穫か。

ゼンパーオーパーとは現在のザクセン州立オペラ劇場であり、ゼンペル(ゼンパー)歌劇場とも呼ばれる。その名前は、建築家ゴッドフリード・ゼンパーに由来し、1841年に完成された。翌1842年にはワーグナーが劇場指揮者として招聘され、以降もメンデルスゾーンや、バッハ、ウェーバーといった数々のBIG-NAMEが活躍した、まさしく音楽の都、ドレスデンの檜舞台である。その建物は昼間見る限りでは薄黒く汚れて、とても内部の豪華さは想像できないが、夜はライトアップされ、全く別の表情を見せてくれる。昼夜共に必見、一日で二度楽しめるオペラ座であるのだ。

(←左写真)
ドーンブリュートの背景にゼンパーオーパーを記念撮影。
ドイツ時計にゼンパーオーパーの図柄とは時計オヤジとしては感無量、である。


このオペラ座も1869年9月21日の大火災と第二次大戦の絨毯爆撃で壊滅的な破壊を被った。しかし、流石にアクションの遅い当時の東独政府もこのオペラ座の復興には全力を傾注し、1985年2月に再建を果たした。それでも戦後約40年もかかってのPROJECTではあるがね。同時に、時計ファンにとっては最重要な文化遺産である、オペラ劇場の舞台(緞帳ドンチョウ)上に設置された世界初のデジタル式5分計の時計も何とか再生されるに至ったのだ。







(華麗なる、世界初の5分式デジタル時計〜)


(←左写真)
オペラ座の舞台上部にあるデジタル式時計。赤丸がその部分。
時計の作者は宮廷時計師ガトカス(グゥートゥカス)Johann Christian Friedrich Gutkaes(1785-1845)で、1841年に製作したものだ。ガトカスは非常に有名な時計師であったが、その名声が更に確立し、不動のものとなるまでには、彼の弟子でもあるアドルフ・ランゲAdolph Langeの出現を待つことになる。現在のウォルター・ランゲの4代前、祖父x2?という時代だね。









(←左写真、9時10分を示している〜)
時計部分を拡大するとこのようになる。雑誌などでも盛んに取上げられる有名な写真ゆえ、ご存知の方も多かろう。もっとも、時計好き以外にはどうでも良いことかも知れぬが。5分毎に、右側の数字がなめらかに音も無く、上から下へと表示が変わる。時計オヤジは、5回もその変化を凝視してしまった。十分に満喫出来たが、その変化の瞬間を待ち、じっと見続けるのはホトホト疲れた、、、。
このデザインをモチーフにしたのがA.Lange&Söhneの復活第一号、『ランゲ1』でパテントを取得したBIG-DATEである。A.Lange&Söhneではこれを”アウトサイズド・デイトOutsized-Date”と呼ぶ。


時計オヤジの知る限り、このデジタル式5分計の実際の機械部分を撮影したのは、雑誌「時計Begin」2001年夏号Vol.24(167頁)だけである。実は「俄か独逸時計オヤジ」としても、この興味深い「機械」実物を拝見したかったが、いかんせん英語では全く話しが通じず、泣く泣くオペラ座との交渉は諦めた。本物のムーヴメントは、まさに機械と呼ぶに相応しいバカでかい機器であるのだ。しかし、この後に訪問した『数学・物理学サロンMathematisch-Physikalischer Salon』にて、時計の精巧なミニチュア模型を見ることが出来たのは嬉しい誤算でもあった。






(右写真⇒)
これがその模型である。左のローマ数字が時間、右のアラビア数字が5分毎に動く分表示の車だ。まるで、水車、ならぬ夢の時間車。何ともロマンある構造にため息、吐息。このデザインを「ランゲ1」のモチーフにした発想が非凡である。1994年の「ランゲ1」の衝撃デビュー以来、このビックデイト機構が時計業界において一大ブームとなったのはご存知の通り。
そのビックデイト機構についての考察を少々。











(ビッグデイト機構の歴史について〜)
大別してデイト付き、日付機構といっても針で表示するタイプと、回転盤を利用した数字表示のタイプ、の2つに分けられる。ここでの話題は後者の日付窓を持つタイプについてだ。

「時計Begin」Vol.23によれば、文字盤上に日付表示を付けたのはROLEXが最初らしい。1947〜48年製、セミバブルのCAL.740が初代。その後、CAL.1030、CAL.1535と変遷し、名作のDate-Just CAL.1565〜CAL.1575搭載へと進化して行く。

なるほど、ではビッグデイトの歴史は如何に?
その名称はビッグデイト、グランデイト、グランダッド、ラージデイト、アウトサイズドデイト、オーバーサイズデイト、グランギッシェ、等など様々であるが、共通しているのは1の位と10の位の数字表示が別々のディスクから成り立つものを指す。
では、一体、どこのブランドがビッグデイトを最初に開発したのであろうか。

ここで1994年に復活を遂げたA.Lange&Söhneの総師で、ランゲ成功への最大の功労者とも言える故ギュンター・ブルムラインの言葉を引用したい:

『この業界がランゲのアウトサイズドデイトをいかに素早く、しかも非紳士的な態度でコピーしたことか。アイデアの踏襲は、残念ながら大抵のメーカーにとって、成功への安直な近道になってしまいます。』
(ギュンター・ブルムライン インタビュー 1999年刊アームバントゥーレンARMBAND UHREN別冊
「世界の本格腕時計大鑑2002−2003」徳間書店刊 別冊GoodsPress P.67より引用)


果たしてA.Lange&Söhneが「アウトサイズド・デイト」のどの部分、構造について特許を取ったのか知る術は無いが、それ以前に、それまで本当にビッグデイト機構は存在しなかったのか?少なくも一般的でなかったことだけは間違いない。

エスクァイア日本版JAN.2002 VOL.16 NO.1(P.204)に面白い記事がある。ビッグデイトのルーツとして、ヴィーナスCAL.211(クロノグラフ)、CAL.221(中三針)があるという。1955年前後のムーヴメントであるが、その写真を見る限りでは1の位と10の位が別々の窓で表示されている。一体どのような構造であるのか、2枚のディスクを使用していたのか堂か等、興味は尽きない。もし2枚ディスクを使用していれば、ヴィーナスがその発想において「元祖」、かも知れない。

いずれにしても、A.Lange&Söhne「ランゲ1」が現在のビッグデイトブームの先鞭を付けた事実は疑いの余地が無い。以降、ビッグデイト仕様は百花繚乱の様相を見せる。



(ビッグデイト機構の種類について〜)

『時計オヤジ』なりに大別すると、現在6種類のビッグデイト方式がある。

1)まずは敬意を表して、A.Lange&Söhne型。10の位が十字架型のディスク、1の位が0〜9までの小さい円形ディスクを組み合わせたコンパクトサイズだ。この派生として下写真にあるD&Sがあるが、こちらの1の位の円形ディスク径はかなり大きく、0〜9が何度か繰り返しディスク上に印刷されている。

2)Glashütte Original型。大小2種類の円形ディスクを外側と内側に組合わせるタイプ。1と10の位のディスクに段差が無く、つなぎ目が湾曲ラインを描くのが特徴。ランゲ同様、コンパクトな作りである。

3)Glashütte Original型の変形で、ETA2896Big-Dateの類。今年(2004年)発表されたオメガ限定De-VilleのBIG-DATE(⇒右写真、但しこちらのムーヴはCo-Axial搭載で別物)にも見られる。大小ディスクがセンター中心にして、ムーヴ全体に配置されている。乱暴に言えばSEIKO5のようなデイト+曜日表示機構の曜日を10の位に、デイトを1の位に転用させたものだ。3時、若しくは9時位置にビッグデイト表示がくる。やはり桁のつなぎ目が湾曲して段差がない。

4)2種類の小型・同サイズのディスクを重ならないように並べて、その接点で1と10の位を表示するタイプ。かつてのグレース・ファブリオ製・透明文字盤クロノがサンプルとしてはベスト!

5)ジラールペルゴ、ダニエルロートで使用されているが、重ねる2枚のディスクの内、片方が透明ディスクで、二桁数字のつなぎ目が見えないタイプ。

6)JLC型。大小、大きさが可也、異なるディスクを組合わせて表示する。



具体的に、3つの例を下の写真で見てみよう。




(←左写真)
 ダービー&シャルデンブランの"アエロディーン"。ETA2892A2をベースにビッグデイトをモディファイしている。



⇒恐らく、現在のビッグデイト・ムーヴメントの最右翼、主流のムーヴであろう。10の位は十字架型のディスクが回転(目視できる)、1の位は円形の大き目ディスクである。A.Lange&Söhneの方式に形状はやや似ているが、ランゲのようなコンパクトさは無い。1の位のディスクは大きいのだ。













(右写真⇒)
JLC(JEAGER LeCOULTRE)の”REVERSO GRANDE DATE”
10の位は正方形の小さいディスク、一の位はケース横幅一杯まである円形の大型ディスクとの組合せである。その構造上、右写真のように文字盤コーナーにデイト表示を置かざるを得ない。


個人的にはこのGRANDE DATEのデザインには感服する。確かにデカくて、分厚い『角型パネライ』ではあるが、細かいギョーシェ模様といい、パワーリザーブ表示、秒表示、そしてBIG-DATE表示が見事にバランスしている。盛沢山の機能であるが、決してゴチャゴチャしていない。最新JLC技術の粋、現代のREVERSOの佳作のひとつ、と感じている。









(←左写真)
グラスヒュッテ・オリジナルGlashütte Original、パノリザーブPano-ReserveのBIG-DATE機構。右側の小さい円盤(=10の位)が左の真ん中に入ると、1と10の位のディスクの高さが揃い、つなぎ目が湾曲した線となるのが特徴である。メーカーはこれをキドニーシェイプ曲線kidney-shaped cutawayと呼んでいる。独自性たっぷりだ。(Glashütte Originalの工場にて撮影)
尚、F.P.JOURNEも同様の湾曲ラインを出しているので、このグラスヒュッテ方式と同様な機構と推測する。







(ビッグデイトについて、雑感〜)

文字盤にデイト用の穴(窓)をあけるのは邪道、という考え方もあるだろうが、筆者はデイト付が好みである。お気に入りの時計には、まずデイト仕様が多い。ビッグデイトであれ、通常のデイト表示であれ、日付窓があると何故か安心、落ち着くことが出来る。そして、ビッグデイト機構には更に魅かれる。

本来、デイトを二桁表示にする必要性は無い。視認性が良いのが利点ではあるが、日常生活において、わざわざビッグデイトを設置するニーズは無い、と断言する。お年寄りには大きな表示方式は有難いかも知れぬが、それでもいつか見えなくのが老眼である。多分にデザイン面で、新規性を狙った機構と理解している。そして、わざわざ複雑な、ディスク2枚を利用する方式を各社がそれなりに工夫を凝らして時計に組み込む努力、には素直に関心してもよろしかろう。敢えて利点を言えば、@通常の約3倍はある大きな見易い表示 A小型のディスクを利用することで、コンパクトな構造が可能となり、ランゲ方式であれば女性用時計にも搭載が可能になり、大きなアクセントにもなる、ことが挙げられる。

一方、そのルーツをゼンパーオーパーのデジタル計に求めれば、どうしても原点懐古で二桁の大型窓にせざるを得ない。その意味から、ビッグデイトの必然性をオリジナルに忠実に求めたのが冒頭ポスターにある「ランゲ1」であり、その表現方法はまさに、正しい。二桁デイト表示方法以外の意匠では、Adlph Langeの義父でもあり、オリジナルの製作者ガトカスの路線踏襲、A.Lange&Söhneの復活シンボルとは成り得なかった訳だ。そうした意味から、ビッグデイト機構とは、ドイツ時計、ザクセン時計の歴史の具現化、とも言えるだろう。それに着眼したギュンター・ブルムラインは流石、アウグスト強王、ならぬ『ドイツの時計強王』であると改めて感じ入る。

上述、ギュンター・ブルムラインの台詞には重い響きがある。
が、パテントの侵害を犯さぬ限り、この種の亜流、派生機構の誕生はある意味、不可避。そもそも時計のデザイン、特に文字盤、ケース、INDEX等のデザインは大なり小なり、過去の歴史にルーツを持つと言っても過言ではない。ムーヴの構造、機構の完全コピーは無論、違法・論外だが、模倣、類似品の出現はある程度は止むを得ないのではなかろうか。時計業界の活性化を望む、とまで大上段に構える気は毛頭無いが、我々、ユーザー・消費者にとっては選択肢の幅と時計意匠の広がりが期待出来るので、個人的にはどんどんやって(開発して)頂きたいと感じている。それにしても、「アウトサイズド・デイト」を搭載したA.Lange&Söhne「ランゲ1」のデザイン、意匠は発表から10年経た今見ても何とも独創的、衝撃的でさえある。まさに歴史的名作、傑作品である。

ゼンパーオーパーのデジタル表示式5分計とビッグデイトの因縁。
まるでエルベ川のように脈々と流れる歴史というものを、こうして垣間見ると中々味わい深いものがあるではないか。(2004/10/28)


加筆修正: 2005/4/08、2007/4/21(JLCビッグデイトムーヴ写真添付)、2007/8/20(レイアウト変更) 


(参考文献)
「WHEN TIME CAME HOME」 EDITION 2004/2004(A.Lange & Söhne)
「時計Begin」Vol.23春号、Vol.24夏号(世界文化社刊)
「エスクァイア日本版JAN.2002 VOL.16 NO.1」(株式会社エスクァイア マガジン ジャパン刊)
「世界の本格腕時計大鑑2002−2003」(徳間書店刊 別冊GoodsPress)
「ムーブメントブック」(ワールドフォトプレス刊)




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