時計に関する随筆シリーズ S

「ミュンヘンのサトラーにクラフツマン・シップの真髄を見た」
〜2004年7月、CLOCK工房、ERWIN SATTLER訪問記〜



(掛時計のパテック・フィリップ版、超高級ブランドがこちら〜)

Erwin Sattlerは1958年創業のドイツ・機械式クロックメーカーだ。業界では新興にあたるが、その品質・風格では超一流である。

2004年7月夏、本社兼工房をドイツ・ミュンヘン郊外のキラー・シュトラッセKillerstrasseに訪れた。クロノスイス訪問後、そそくさとサトラーに移動。はしごである。

周囲はとてもこうした工房があるとは思えぬ閑静な住宅街。住宅街と言っても木々の中にポツリ、ポツリと点在する場所で、決して住宅密集地ではない。大都市ミュンヘンとは言え、30分も車で走れば郊外はどこものんびりとした風情だ。 
(← 左写真:本社内のショールームにて。今回、工房を案内頂いたKohlerさんよりエナメル仕上げの文字盤をお土産に頂き、喜ぶ『時計オヤジ』。バックにはSattlerの逸品が勢揃い。)

Sattlerのクロックとは、全てWall Clockの振り子式掛時計であるが、日本で昔よく見たゼンマイ式のボンボン時計とは異なる。その歴史は中世の教会における塔時計から進化・発達した古典的な時計である。一番安いものでも30〜40万円クラス。日本にも代理店は存在するようだが、最近はKIT製"MECHANICA"のCLOCKのみはネットによるメーカー直販もしている。そのKITの重量は梱包込みで25キロ。4段重ねの箱には各パーツが綺麗に並べられている。価格も30万円超であり、根気と労力と時間を考えると簡単に衝動買いする訳には行かない。が、十分に魅力的なKITだ。

SattlerのCLOCKに日本国内でお目にかかる機会は稀であろう。そもそもこうした錘を使った本格的な掛時計やグランドファーザー時計GrandFatherClockというのは日本の文化ではあまり培ってこなかった種類に属する。Sattlerは掛時計のマニュファクチュールとして、頑固なまでに手作りによる製作を続けている。その数、年産600個が限度という。生産を増やしたいとの説明を受けたが、完全なるマニュファクチュール、手作業でもあり、簡単には増産は難しそうである。

販路は欧州の高級小売店が多いとのこと。例えば地元ドイツに本拠地のあるWEMPE、ミュンヘンHUBERウィーンのHÜBNERや各国の老舗・有名販売店でも採用しているケースが多々ある。そう言えばイタリア・ミラノにあるあのグリモルディGRIMOLDIにも店名入りでSattlerのレギュレーターモデルが飾ってあった。 (右写真:ミラノのGRIMOLDI入り口にSattlerの掛時計が見える?赤→部分だが、良くわからないね。)





(レギュレーター文字盤への憧れはつのる〜)

Sattlerへの興味は、「大英博物館探訪記」でも紹介したそのレギュレーターダイアルにある。レギュレーターは歴史的に、天文観測所や研究所などで時間計測に携わる人々に愛用されてきた。その理由は、時針と分針が交わらないので時間が見易い、間違いにくいというのだが、筆者には今一つ良く理解できない。時針と分針は同一軸には無いものの、ドクターウォッチのように時針文字盤と分針文字盤が重ならない配置にしない限り、2本の針は文字盤上で交差することは避けられないからだ。いずれにせよそのユニークなデザイン、18世紀のマリンクロノメーター時代からあるこの文字盤には古き良き時代への哀愁、ノスタルジーが重なっている。クロノスイス社長もSattlerのレギュレーターダイアルは大のお気に入りで有名。さて、このSattlerはジャンルは違うが、感覚的にはスイス・ジャガールクルトJLC製の置き時計アトモスと双璧、いずれも超高級CLOCKに間違いない。

今回は自社カタログ写真にも登場されている2枚目技術者のコフラーKohlerさんに工房を案内頂いた。














写真上、左から:
●1階の工房、というよりも作業場。各種旋盤機器、CNC切削機械等が所狭しと並ぶ。腕時計工房とは全く異なる「工場」という雰囲気だ。
●歯車はこうして真鍮板から切り抜き加工する。マニュファクチュールたる所以である。
●製作中のレギュレーター文字盤。これが雰囲気たっぷり!腕時計のレギュレーター文字盤も良いが、やはりこうした大きな文字盤がより似合うと感じる。17世紀から脈絡と続く歴史的な重みを感じるレギュレーター文字盤だ。こうした意匠は欧州にしか存在し得ない文化遺産である。





(← 左写真)
大きな歯車、巨大なアンクルが見える。まるでガリバー物語の世界に入ったよう。アンクルのルビーは外注であるが、それを装着するのはもちろん、全て手作業だ。
















(右写真 ⇒)
文字盤、ムーヴメント部分の仕上げを確認するマイスター。
皆、ジーンズやらポロシャツやらを着て、ラフなスタイルだ。腕時計工房の「白衣姿」の技術者とは大いに異なる。案内頂いたKohlerさんに至っては何と短パン姿であった。これも腕時計に比べて大味なCLOCK製作ゆえか?



SattlerのCLOCKは、デザイン的にはエナメルの文字盤と独自のムーヴメント、磨き上げられた真ちゅう製の錘と振り子、そしてそれらを納める木製の高級部材が特徴だ。もちろん、ムーヴメントは自社製。真ちゅう製の地板は厚みも十分。モデルによってはムーヴだけで5〜6kgはあろうか、ずっしりと重い。古典的な「鎖り引き式」もあり、そのメカもこちらの目をも十分に楽しませてくれる。但し、腕時計と違ってCLOCKは移動することなく、一箇所に設置する訳だから持ち主を選ぶ時計、ならぬ「場所を選ぶ時計」とでも言えようか。日本の狭い住宅環境では簡単に、はい買いましょう、とは言えない商品かもしれない。つまり、高級家具と同じ部類だ。

しかし、それ故にとでも言うべきか、Sattlerはしっかりと小型CLOCKも生産開始している。いつの日にか、自分で組み立てるKIT方式の"MECHANICA"M-1レギュレーター=「最小の掛時計」を手に入れ、たとえ数ヶ月でも、一年かかろうとも、自分で何とか作り上げたい、というのが時計オヤジのささやかな「夢」でもある。(誰だ!?値段を考えると『ささやかな夢』なんかでは無い!と言っているのは・・・)

ミュンヘンのErwin Sattlerは、CLOCK業界においてその頂点に君臨する品格・品質を誇る。こうしたCLOCKはドイツ、オーストリアを中心にその歴史も長く、生産規模もスイスより大きいと聞く。その、限りなく研ぎ澄まされたクラフツマン・シップには甚だ感動しきりの「時計オヤジ」である。
その裾野の広さたるやスイス時計業界も侮れない、ドイツ時計業界の実力の一端を垣間見せられた訪問であった。

(Special thanks to Mr.Jürgen Kohler/Erwin Sattler)



(参考文献)
「世界の腕時計」No.65(ワールドフォトプレス)



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