PART-1から続く。 (芸術的なエングレーヴィング=彫金を眼前にして感動〜上写真、3枚) グラスヒュッテ・オリジナルGlashütte ORIGINAL(以下、GO)新工場では現在、約250人の従業員がいる。男女の比率はほぼ50%づつ。国籍は勿論、皆ドイツ人である。しかし、このエングレーヴァーengraver彫金師は唯一の例外で、ロシア人である。ロシアと旧東独のつながりは現在に至るまで色々あるのだろう。 顕微鏡を見ながら、手元の板に部品を挟み込み、手で回転させながらテンプ受板に彫金してゆく。さぞ神経を集中させる作業であろうが、机は我々の廊下に向いている。こちらからはガラス越しに正面から彼を覗き込む。作り手と見学者がわずか2〜3mの距離で対峙することになる。自分が逆の立場であれば何とも嫌な職場環境?ではあるまいか。などと、ここでも恐縮してしまうが、その見事な指さばき、手作業に食い入ることしきり、だ。 写真の作業はGO独自のダブル・スワンネックduplex swan-neck受板に彫金を施しているところ。はやい、早い!グングンと模様が彫り込まれて行く。生まれて初めて彫金を見る「時計オヤジ」の目は完全に点、である。 一通りの作業を終えた彼と、目で挨拶をして次なるsectionへ。 (いよいよ、花形のアッセンブリー工房へ〜) GOの組立工房は大きく分けて2種類ある。いわゆる、コンプリケーション・複雑時計専用の上級技師による「アトリエ」。そして、「通常の時計」、(と言ってもパノリザーブやらも含まれるが)を組み立てる「一般組立工房」である。その環境は全く異なる。スペースといい、静寂さといい、環境の差は歴然としているのが面白い。多くの人が、「アトリエ」を目指し、切磋琢磨するのだろう。旧東独時代には有り得なかった競争原理の導入だ。 複雑時計ではない、通常の種類であれば組立て時間は8〜11時間ほど。ところが、部品総数463個を要するパノ・レトロ・グラフになると、組立てから完成までに15〜20日(!?)もかかるそうである。当然ながら、オーバーホールすべきパノ・レトロ・グラフも、世界中から全てこのアトリエ工房に送られてくると言う。 現在の高級時計ブーム、機械式時計ブームで最大に懸念すべき点は、数年後に津波のように押し寄せるであろう、オーバーホールOVH品に対応できる技術者の養成だ。ユーザーとしてはOVH費用も馬鹿にならないはず。そうした諸々を考えると、部品数200以上の時計には色々な意味で、ユーザーの「時計オヤジ」としては畏怖の念さえ抱いてしまう。 (右写真⇒ 「時計オヤジ」と目が合い、一瞬、微笑んでくれた女性時計師) (GOで最高峰のアッセンブリー室、「アトリエ」工房〜) 下写真2枚が、その「アトリエ」(=Ateliers/Prototype Dept. )である。 上の一般工房と比較して、人影もまばら、スペースも十二分にあることが分かる。ここにはGOのコンプリ・モデルを支えるトップクラスの時計師集団が鎮座している。 あなたがパノ・レトロ・グラフやパノグラフをお持ちであれば、それらの時計は全て、このアトリエで組立てられたのだ。 もし、組み立て時に不具合が見つかれば、再度、部品を全部分解して、その問題点を究明する。徹底した品質管理と完璧さの追及がこうしたGOのアッセンブリー工房でなされる。 組み立て完成後、精度検査室へ送られる完成品は、5姿勢差(=3UP、6UP、9UP、文字盤上、下)、そして3温度条件(=8、23、38℃)において、合計15日間の検査を受けることになる。これはCOSCに匹敵する精度検査である。こうした検査を当たり前に行うのが、グラスヒュッテの看板と歴史を背負うメーカーとしての自負と責任ではあるまいか。 (写真右 ⇒) 因みに、GUB時代のアッセンブリー光景である(年代不詳)。 多くが女性の技術者・時計師で皆、整然と並んで組み立てている。設備、配置、人の密度に違いはあろうが、作業風景としては基本的には現代においても大きな変化はないと感じる。 * * * * * こうして丸2時間にわたる工場見学を無事に終えた。仕上げは1階にある展示品コーナーで、現代のGOの傑作品やら、現行品やらの説明を受ける。懇切丁寧な説明を最後まで頂いたマドレーヌ嬢には、重ね重ね御礼を申し上げたい。非常に濃密で少数精鋭?のFACTORY-TOURであった。AUDIのお兄さんは良く理解できたのかなぁ? さて、GOの近代的な工場は非常に観る側を楽しませてくれた。同時に、気の遠くなるような数々の組み立て、作成工程を目の当たりにして、時計製作に係わる時間と労力、設備投資と経営methodの重要性を再認識させられた。 GO本社工場は基本部品製造の小工場、そしてそれら部品の仕上げと組立を行う小工房から成るコンビナートである。大資本に裏打ちされた大手メゾンとして、そのマニュファクチュールとしての機能をこれからも進化・発展させて行くだろう。『これで、GOの時計の価格の意味を理解してもらえましたか?』と最後にマドレーヌ嬢から逆質問されたが、う〜ん、時計オヤジは答えを留保したのだ・・・。 |
(GOの敷地内にある時計博物館を訪問〜) GO本社工房の裏手は駐車場となっている(右写真 ⇒)。 その奥にGOによる「時計博物館」がこじんまりと存在する。 ビルの3階の小部屋にはびっしりとグラスヒュッテの歴史と逸品が陳列されている。観光客も殆どいないグラスヒュッテでは、こうした博物館もガランとしている。ここでも好きなだけ、じっくりと時計を鑑賞できるのが嬉しい。 (←左写真) 博物館の中は、このようにショーケースが並ぶ。19世紀の懐中時計から始まり、GUB時代の汎用腕時計まで、グラスヒュッテの傑作品、逸品、普通の時計までが時系列的に展示されている。 一部には「キャビノチェ」を再現した、当時の工作機械、時計部品もナマで並んでいる。 (右写真⇒) 1864年当時の懐中時計ムーヴメントが並ぶ。 A.Lange & Söhne、M.Grossman、J.Assmann の銘による3/4プレートの逸品の数々。壮観!!!人間、感動が極まると言葉がなくなり、胸に熱くこみ上げてくるモノがあるが、まさにそうした感動をこの小さな時計博物館でも感じた。ドイツ時計の歴史と底力、を垣間見た瞬間であった。 (←左写真) ’A.Lange & Söhne、Glashütte-Dresden’と刻印された大型のトゥールビヨンの拡大模型(勿論、本物!実物!)。サイズはマリン・クロノメーター級で迫力満点だ!!! (6時間の濃密なるグラスヒュッテ滞在を終えて〜) さて、疾風怒涛のわずか「6時間のグラスヒュッテ滞在」は昼食を摂る余裕も時間もなく、アッと言う間に過ぎ去った。欲を言えば、一泊してでも、再度出直してでも、ランゲA.Lange & Söhneの本社工場を見学したかった。想像であるが、GOとランゲの雰囲気には違いがあるのではなかろうか。GOはGUBの歴史と匂いを多分に漂わしている。透明なガラスで囲われた最新の工場・工房も、敢えて、よりオープンな雰囲気にすることで、慣れ合いや甘えを取り除き、また競争原理の導入により旧GUB時代の反作用的意味合いも込められたのでは、などと思いは馳せる。 ランゲは果たしてどうであろう?少なくとも、GUB的な雰囲気は一切排除しているはずゆえ、GOとはまた一味違った独自の雰囲気を有すると推察するのだが・・・。 (右写真⇒: グラスヒュッテ市の紋章にもある、かつての銀山・鉱山で使われたハンマー。時計博物館ではこうした歴史から始まり、分かり易い工夫が親切。) アルテンベルガー・シュトラッセを中心にグラスヒュッテの町並みを散策した。時計業界と関係の無い地元の人々ともっと話をしたり、地元のレストラン(あるだろうな?)等で地酒(これもあるのかな?)でもやりながら、のんびりとこの町を感じてみたい・・・。まだまだそんな思いを抱かせるグラスヒュッテである。 スイス時計聖地やスイス時計産業の総合力とは一桁違うグラスヒュッテだが、その潜在力と品質レベルたるやこれからまだまだ大いに注目するところだ。 最後に。 ローターやリューズに記されたGOのロゴ、トレードマークともなっている左右対称の”G”の意味について (←左写真。プラチナケース、自動巻きトゥールビヨンの3/4ローター、50本限定): ←右の”G”は過去から現在までのGOを、左側の反転させた”G”は、GOの未来を意味している(〜ガイド役のマドレーヌ嬢説明による〜)。 まさに、グラスヒュッテ・オリジナルGlashütte ORIGINALの新時代への飛翔を期待したい。 * * * * * 2004年11月下旬に発売された「TIME SCENE Vol.4」(別冊GoodsPress、徳間書店刊)に「ドイツ時計産業」の特集リポートが掲載された。「TIME SCENE 」は毎号、一貫してドイツ時計を追っている。興味あるお方にはお薦めである。 Special thanks to: Glashütte Original - Glashütter Uhrenbetrieb GmbH (参考文献) 「世界の腕時計」NO.66『グラスヒュッテの時計づくり』(ワールドフォトプレス刊) 『時計オヤジ』のドイツ時計世界の関連ページ: 『ドイツ時計聖地、ドレスデンにて。数学・物理学サロン探訪記』はこちら。 『ドイツ時計聖地、ドレスデンにて。ゼンパーオーパーとBIG-DATE機構の因縁』はこちら。 『ドイツ時計聖地、ドレスデンにて。ラング&ハイネ工房訪問記』はこちら。 『現代のドイツ時計聖地、グラスヒュッテ散策記〜NOMOS突撃訪問記』はこちら。 『グラスヒュッテ・オリジナル本社工場訪問記』(Part-1)はこちら。 『グラスヒュッテ・オリジナル本社工場訪問記』(Part-2)はこちら。 『ドーンブリュート&ゾーン REF.CAL.99.1 DR(2)ST.F 』はこちら。 『おかえり、ドーンブリュート!』はこちら。 『エリー・スタグマイヤー・シュトラッセ12番地〜クロノスイス訪問記』はこちら。 『ミュンヘンのサトラーにクラフツマンシップの真髄を見た』はこちら。 『2002年9月、ドイツ時計蚤の市訪問記』はこちら。 『2004年7月、最新ミュンヘン時計事情』はこちら。 『2006年3月某日、デュッセルドルフ散策』はこちら。 『SINN 356 FLIEGER』はこちら。 『世界初のIWC直営BOUTIQUEをドバイに訪ねる』はこちら。 『IWCの故郷、シャフハウゼン散策記』はこちら。 ⇒ 腕時計に戻る |
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