時計に関する随筆シリーズ (25)

『グラスヒュッテ・オリジナルGlashütte ORIGINAL本社工場見学記』
(2004年9月末訪問〜PART-1)



(本社工場のFACTORY-TOURに参加する〜)


グラスヒュッテ・オリジナルGlashütte ORIGINAL(以下、GO)新工場は2003年9月にオープンした(←左、写真)。

歴史を簡単に紐解くと、第二次大戦後に設立された国営の旧GUB(=VEB Glashütter Uhrenbetriebe。通称、グラスヒュッテ時計製造会社)がグラスヒュッテ一帯の時計産業・ブランドを一手に接収し、普通の時計やら軍用時計等の生産を続けることになる。東西ドイツ統一後の1990年、GUBは半官半民となり「グラスヒュッテ有限時計会社」(Glashütter Uhrenbetriebe GmbH。)に変更され、引き続き細々と廉価クラスの時計を生産する。但し、GUBの呼称は現在まで同じなので少々ややこしい。

一方、接収していたブランドの一部は売却されもした。ご存知の通り、ランゲ&ゾーネA.Lange&Söhneの商標権は「グラスヒュッテ有限時計会社」より売却され、1990年12月7日には新生A.Lange&Söhneが正式に登記される。その後、1994年に「ランゲ1」が衝撃的なデビューを飾ったのは記憶にも新しい。

同年の1994年11月、今度はミュンヘンの実業家ハインツ・W・ファイファーHeinz W.Pfeiferによって「グラスヒュッテ有限時計会社」そのものが買収され、現在のGOが創設されるに至る。その後、ランゲにはリシュモンが、GOにはスウォッチ・グループが資本参加し、現在の2大勢力メゾンの中で、共に最高級ライン・ブランドとしての位置付けを得ているのだ。余談であるが、高級ブランド中心に構成されるリシュモン・グループ、高級〜中級〜廉価ブランド(=swatch)まで万遍なく揃えたスウォッチ・グループの間では、売上高では後者に軍配が上がった過去数年間のようである。

GO、ランゲ&ゾーネともにお互いのルーツは1845年のアドルフ・ランゲに遡る「本家」として譲らず、現在でもグラスヒュッテ魂をそれぞれの製品に込めて、お互い激しい火花を散らしている。こうした背景を理解した上でドレスデン空港にある両者の巨大看板広告を見ると、お互いの意地と複雑な歴史というものを感じることが出来て非常に面白い。両ブランドとも歴史に翻弄された過去を持つ訳で、製品にも何故かそうした「光と陰」が滲み出ているようにも感じるのは「時計オヤジ」だけであろうか。




(大活躍、マドレーヌ嬢!〜)

さて、今回のFACTORY-TOURには筆者の他に、ドイツの自動車メーカーAUDIより広報担当者が参加した。AUDIの社内誌にGOを紹介する記事を載せるという。この御仁と時計オヤジの2名のみがこの日のFACTORY-TOURの参加者だ。そして、その2人を案内してくださったのが、訛りも無い完璧な英語を話すVISITOR'S SERVICE担当のマドレーヌ嬢で、長身の超美人でもありました(右、写真⇒)。通常のFACTORY-TOURはドイツ語であるが、日によっては英語でも対応してくれる。興味ある方は、アポ取得時に確認すると良い。因みに、この日のマドレーヌ嬢は英語、ドイツ語を使い分ける説明で、さぞ疲れたことだろう。




GO本社工場は旧、GUB時代の工場を一年半ががり改装したものゆえ、その建物外観には旧社屋の骨格と面影が色濃く残る。しかし、一歩内部へ足を踏み入れると、見事に明るく、天井ガラス面まで23mの4階建て吹き抜け構造となっている(←左、写真)。明るいビル内には、採光や工房のレイアウトに、細心の注意が払われていると感じる。同時に最新鋭の機械の数々や、GO独特の青いユニフォームを着た技術者の作業に、「時計オヤジ」の目は釘付けとなるのだ。




FACTORY-TOURの順番はフロア別に以下の通り。(注:一部、見学出来ないsectionもある)
1階: Product Planning and Design, Toolmaking Dept., Spark Erosion Technology, Individual Component Production, Measuring Room
2階: Finishing Dept., Toothing Dept., Turning Dept., Hardening Dept., Subgroup Assembly, Galvanic Dept.
3階: Polishing Dept., Inspection of goods received, Laboratory, Assembly Dept., Ateliers/Prototype Dept.
(4階の訪問はTOURには含まれない)

見せることを最大限に意識して造られたガラス越しの廊下から各部屋を隈無く見学しつつ、たっぷり2時間かけて説明頂くので、密度は非常に濃い。質問も自由。マドレーヌ嬢の英語力と時計の知識も素晴らしく、コミュニケーションも円滑に進む。非常に楽しい2時間であることは保証付きである。

このGO本社工場は、主にムーヴメントを自製する工場であり、GOがマニュファクチュールを名乗るのもムーヴメント重視という姿勢の表れと理解する。例えば、微細なビスや歯車から始まり、輪列部品は勿論、チラネジそのものやヒゲ以外のテンプ(テンワ)、パノ・レトロ・グラフなどで使うSOUND-RING等に至るまでの全てを、原則としてこの工場で自社生産しているという。現代の名門マニュファクチュールといわれるブランドは、ケースを自製するところもあるが、概ねGOと同様の生産品目ではなかろうか。あたかも、『GOはムーヴメントで勝負!ムーヴメントのマニュファクチュールである!』とでもいうべき熱い意気込みがこちらにまで伝わって来るようだ。



(それでは、FACTORY-TOURスタート〜)

正面玄関横には新社屋落成記念の碑銘が質素に掲げられている。Swatch-GroupとUNION、そしてGOがこの工場を支えていることが記されている。その碑銘のサイナーは当然ながら、Swatch-Group総帥のDr.h.c.Nicolas G.Hayek とGOの前社長であるHeinz W.Pfeifer である。
緊張した面持ちで時計オヤジはGO本社正面玄関を入ると、受付でマドレーヌ嬢が笑顔で迎えてくれる。(写真右⇒)
黄色のGlashütte ORIGINALのロゴ・ネオンといい、壁にある掛時計といい、時計オヤジのボルテージはのっけから上昇するのだ。



(←左写真)
その壁掛時計の拡大写真である。
当然と言うべきか、パノグラフPANO-GRAPHがモチーフだ。特許の「パノラマデイト」は二桁別々のDISK表示ではないものの、全体のデザイン、雰囲気は見事に演出されている。こういう時計がディスプレイされている「職場」とは本当に羨ましい。時計オヤジとしては、自分の腕時計よりも、常に掛時計を注目してしまいそうなGOの職場である。







(まずは1階のフロアから見学してみよう〜)

生産企画・デザインルームProduct Planning and Designは企業秘密で見学は出来ない。一番最初は工具・治具を自家製作するToolmaking Dept.である。旧GUB工場時代からの数々の古い機械や、最新鋭のCNC(=computerized numeric control)切削機器も並ぶ。ここで、治具の他にも様々なパーツが作られる。各種ブリッジ、地板、受板、ローター、トゥールビヨンのケージもこうして作られる。CNC機器は大規模メゾンのみならず、今や量産を目指すブランドでは必須の設備であろう。













上の写真、左: 新旧の器具で、治具やムーヴの部品を作成しているところ。
上の写真、中央: 全ての工房はこうした総ガラス張りであり、’Transparent Factory’と言われる所以だ。(⇒筆者が勝手にそう呼んでいるのだがね・・・)
上の写真、右: 作成された地板のサンプル。地板の切削に要する時間は約6時間(!)。その誤差は5/1000mm以内という。このあと、測定室では地板の半径、直径、隙間、平行線などを6/1000mmの誤差以内で検品している。



(工場用の大型エレベータ−で2階へ移動する〜)

2階では1階で作られた数々のパーツに仕上げが行われる。
例えばサンバーストが施されたり、ダイヤモンド・パウダーを使用した研磨作業が行われたりと、次第に時計工房らしい作業が目に映る。1階の工作機械中心のフロアを見る限りでは、ここがあの繊細な時計を産み出す時計工場かと自分の目を疑う。それ程、近代的な設備による、大胆とさえ呼べるような半オートメーションによるパーツ作成過程のようにも見える。それが2階に来ると、雰囲気はガラっと変わり、一転して手作業による仕上げ工程が増える訳だ。








(←左写真)
切削されたブリッジらしきパーツを磨いている女性技師。真鍮製のピンセットとプラスチック製の棒を用いて、傷が付かない様に細心の注意を払う。
これがもしSEIKO舎であれば、技術者は皆、白い帽子も着用しているのであろうが、スイスでもこのグラスヒュッテでも、白衣は着るが、帽子をかぶる技術者は今まで見たことが無い。こうした取組姿勢というのも企業理念・文化によって様々である。 








(右写真⇒)
地板にペルラージュperlage加工を施している作業。
回転式台座に乗せて、手動で回しながら、ダイヤモンドパウダーを利用して、伝統的な意匠であるペルラージュ模様を付けて行くのだ。
この写真もガラス越しに目の前で作業している光景をカメラに収めたのだが、見られる方は神経も集中できず、さぞうっとおしいのではなかろうか。見る側としても少々、恐縮してしまうのだが・・・。










(←左写真)
ピニオン、歯車、ネジ等の微細な部品も作成している。完成品は目の細かい「ふるい」ですくい上げる必要があるほど小さい。因みに、最小のネジの大きさは、直径0.4mm、ネジ溝幅0.1mm、ネジ溝0.3mmである。
プラチナ製のケース重量は72gであるが、上記ネジに換算すると257,150個分に相当するそうだ。気が遠くなるほど小さく、細かいミクロの世界だ。








(焼入れ工程〜Hardening Dept.)

stem(軸)、pinion(カナ)、wheel(歯車)、screw(ネジ)等の金属部品には硬度が必要である。高温加熱による焼入れ工程により、その硬度は増すが、それだけでは弾性に欠け、耐久性にも問題が生じる。その為、GOでは焼入れ工程の一環として、特殊なオイルで冷却し、更に独自の焼き戻し工程を入れることで硬度を下げ、弾性を増加させるそうだ。特殊なプロテクト・ガス入りのオーブンで、酸素を交えず焼入れを行い、その後にオイルで冷却する方法を採っている。酸素が混じると「焼入れ」ではなく、「燃焼」になってしまい、黒っぽい灰色に変色してまう。そうなると磨きをかけても使い物にならなくなる。また、金属パーツの色は焼入れの温度によっても決まってくるとのことで、美しいブルースクリューを仕上げるには290度が適正温度らしい。この辺は大規模メゾンらしい極めて近代的な設備と化学的な経験値により実現される。ドーンブリュートの素焼板の上で行う「手焼きプロセス」とはアプローチが全く異なる。



(3階では、時計工場の花形、アッセンブリ-工程を見学する〜)

3階フロアでは、磨き仕上げ、外部調達品の検査、ラボ室、アッセンブリ-組立て、特殊・複雑時計のアッセンブリ-、プロトタイプ組立て等が行われている。
(⇒右写真は、Cal.90。3/4ローター搭載の自動巻きキャリバーだ。)

基本的な概念は「徹底した分業」作業による。即ち、パーツ単位のユニットで一式が組み立てられ、また次の組立てへと、あたかも流れ作業のように(本当は流れ作業ではないが)アッセンブリ-が行われている様を見るのは壮観、かつ厳粛でさえある。最大でパノレトログラフの463個!(Cal.60)もの部品を組み上げるのは、
並大抵の作業ではあるまい。




(←左写真)
スワンネックには、上面をマット仕上げ、側面はミラー(鏡面)仕上げが施されており、面取り角度もジュネーヴシール規定同様に45度に設定されている。それを仕上げるのは勿論、人間の手によるハンドクラフトである。


工作機械の一部は、Ferinando Adolph Langeの時代からの流れを汲むモデルもあり、1900年製機械も現役で活躍しているのが凄い。一つのスワンネックを仕上げるまでに30分から最大2時間もかかるという。本当に、時計製作は一に根気、二にも三にも根気が必要な作業である。
尚、自社製のチラネジ付きテンプに18〜22個のチラネジをねじ込む作業は、熟練工によりわずか3分で完了するという。素早いスピードもこれまた必要であるのだ。
現在、GOではチラネジ付きテンプは1種類、チラネジ無しテンプは2種類を製造している。





(⇒右写真)
外部より調達した部品の受け入れ&検査室。
因みに、GOでは基本的に、次の8種類のパーツを外部調達している: 本体ケース、ガラス、ヒゲゼンマイ、主ゼンマイ、ルビー、文字盤、そして革ベルトとブレスレットである。そしてこれらの外部調達品は全体の2%に相当するそうだ。パノ・レトロ・グラフ部品463個中の8種類とすれば確かに約2%の部品数が外部調達品となる。即ち、上記以外の98%=圧倒的多数の部品は内製化による。マニュファクチュールを名乗る所以だ。




さて、これからいよいよ憧れのアッセンブリー工房だ。続きはPART-2で。


(参考文献)
'OPUS' (by Glashütte ORIGINAL)
「時計Begin」Vol.24夏号(世界文化社刊)



『時計オヤジ』のドイツ時計世界の関連ページ:


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『ドイツ時計聖地、ドレスデンにて。ラング&ハイネ工房訪問記』はこちら
『現代のドイツ時計聖地、グラスヒュッテ散策記〜NOMOS突撃訪問記』はこちら
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