旅行記  J

『さよなら、サウジアラビア』



サウジアラビア・ジェッダで一番の『名所』と言えばこの海上噴水である。
スイス・ジュネーヴのレマン湖(淡水)の大噴水は140m級。
このジェッダの大噴水は200m以上との情報もあるが真偽は不明だ。
専門家によれば海水で塩分等の不純物が多いゆえに余計に噴水(気泡)の白さが目立つそうだ。
噴水が上がる時はファハド国王がリヤドからジェッダの離宮に滞在する時とも言われるが
この御時世、そんな簡単に国王の所在を知らせるはずは無いのだヨ。




(中東通の『時計オヤジ』がサウジアラビアを去る日が来た〜)

2005年5月某日。
『ちょい枯れオヤジ』が3年間のサウジアラビア滞在を終える日が来た。特にテロの脅威と背中合わせの後半2年間であった。
不思議な国、サウジアラビア。基本的に観光客の入国は禁止されている。厳しいイスラム宗教戒律を頑なに守り抜き、イスラム教の超保守派として、また2大聖地の守護国としての自負も高い。イスラム教徒以外には極めて不便、不都合な場面も数多いのも事実。

不都合、不便さは星の数ほどもあったが、逆に日本より良い面もまた沢山あることもこれまた事実。
"When you are in Rome, do as the Romans do" 『郷に入っては郷に従え』が基本姿勢である。
この点を見誤るとどこの外国にいようともトラブルと精神的な不幸に遭遇することになる。


 (←左写真がサウジアラビアの国旗)
地の色は緑。中東各国が好んで使う配色の一つ。緑はイスラム教の聖なる色。
アラビア文字で「アラーのほかに神は存在しない。マホメットは神の預言者である」とコーランの一説が書かれている。剣は聖地メッカを守護する意味がある。う〜ん、なかなか含蓄に富んだデザインではないか。




今回はセンチメンタルに、サウジアラビアの思い出を少々振り返ってみよう・・・

⇒ なお、『サウジアラビア・ジェッダ時計事情』について興味ある方は、こちらを。
 『土漠ゴルフ』に興味ある方はこちらを(加筆済み)。




(←左写真2枚)

●筆者の住んでいたコンパウンドcompound。周囲を『塀で囲まれた外国人専用の居住区には約800世帯が住んでいる。一戸建て2階式住宅は中々快適。バナナの木もグングン育つ。それにしても塀の中の生活とは、まるで刑務所のようだ。
滞在中に備え付けの8つのエアコンは全部壊れた。水漏れ、電気回線の不備による故障は日常茶飯事。それにしても頻発する不具合にはホトホト疲れた。。。








●4〜5戸に一つの割合でこうしたプールがある。
しかし、夏場の昼間は気温が高すぎてプールにも入れないノダ。サウジアラビアはヤミも無い完全な禁酒国ゆえ、プールサイドでビールを楽しむ、てなことは夢のまた夢。ノンアルコールビールか自家製の”酒もどき”がせいぜいだ・・・。












(⇒右写真)
筆者のコンパウンド入口はこのようなコンクリート製の防御ブロックが数多く並べられている。自爆テロ攻撃を防止する為である。コンパンウンドの中に入るまで、国軍の兵士による厳重な3重セキュリティがあり、装甲車が機銃を向けて24時間体制で鎮座する。
実際にいくつかのコンパウンドがテロ攻撃により爆破、突破されているだけに、毎回非常に不気味なゲートである。40℃以上になる夏場の警護は特に大変だ。







(サウジアラビアでは屋外の写真撮影はご法度である〜)
基本的にサウジアラビアでは『屋外』の写真撮影は厳禁である。ここに掲載した写真はいわば、『決死の覚悟』で撮影したもの。一般の方にはまずお勧めできないことを申し添える。因みに、もし写真撮影中に拘束されると、最悪スパイ・テロ容疑で留置場に拘留され、その本人の居場所が不明になる可能性もあるので、まず写真撮影は自粛された方が宜しかろう。


(⇒右写真)
まず、サウジアラビアとは一体どこにあるのか?
サウジアラビア航空の機内モニターを写真撮影した。赤い航路はドバイからジェッダに向かっているものだ。ジェッダは紅海に面した古くからの貿易港であり、メッカ・メディナの2大聖地へのゲートウェイでもある。紅海の対岸にはスーダンやら、エジプト、エチオピアが近い。
尚、紅海は透明度が高くて澄んだ海で有名な、ダイビングの『メッカ』でもあるのだ。







(←左写真)
ジェッダのキング・アブドラ・アジズ国際空港King Abdul Aziz Int'l Airportである。だだっぴろい敷地内にサウジ航空が整然と停まっている。リヤドとダンマン国際空港は綺麗であるが、このジェッダはとにかく古い。乗客は飛行機からバスでターミナルビルまで移動する事になる。空港ビルに飛行機が直接停泊する設備は無いのだ。

写真ではるか遠くに見える白いキノコのような建物は聖地巡礼者(=ハジ)専用のターミナルで、ハジHAJJターミナルと呼ばれる。






(←左写真)
そのハジ・ターミナルを拡大写真で見るとこうなる。
白い巨大なテントのような建物が全部で210個(!)も並んでおり、一度に約10万人が収容できるそうだ。
ハジ(=巡礼)ビザで、一週間の間に約300万人ものイスラム教徒が一挙にジェッダにやってくる。そうした聖地巡礼者はジェッダ市内に出ることは禁止され、バスによるピストン輸送でこのハジ・ターミナルから一路、メッカ・メディナへの聖地巡礼へと直行するのである。イスラム教徒にとって、死ぬまでに一度は聖地巡礼を行うのが念願であるのだ。
通常のターミナル・ビルではさばき切れない大量の人間が、極めて短期間にジェッダ空港押し寄せる為の臨時ターミナルがこの施設である。筆者も一度紛れ込んだことがあるが、その光景はまるで映画『スター・ウォーズ』の世界。この地球上には本当に様々な人種、民族がいるものであると痛感させられた。





(サウジアラビアでは国内移動もつい最近までは許可証が必要であった〜)

1990年代後半までは、サウジアラビア国内で旅行・移動するには当局からの許可証が必要であった。またサウジ人といえども未婚の女性は単独で国内移動もままならない。父親、もしくは家父長の許可証が無いと外国にも自由に行けないのは現在でも同様である。女性の運転・労働は基本的に禁止されている。少なくも車の運転については例外なく、現在においても女性は許されていない。一部地方選挙も導入されつつあるが、男性の刑務所服役者は許されても、女性の参政権は未だ無い。色々、制限があるのは外国人に限ったことでは無いのである。



(←左写真)
イカーマIqamaと呼ばれる、サウジアラビア国内滞在証明書。いわば、外国人用のパスポートみたいなもの。これが無いとどこにも行けない。
イスラム教徒用は緑色、それ以外は茶色の表紙である。よって、見る側は一目で所有者がモスリム(イスラム教徒)か否かを識別できる仕組みだ。









(⇒右写真)
ジェッダから聖地メッカまでは約90キロの距離だ。
しかし、聖地には異教徒の立入は厳禁である。
高速道路で検問が近くなると、この写真のように日本語含めた7ヶ国語で『イスラム教徒以外立入禁止』の看板が現れる。
異教徒はここで引き返すしかない。
メッカ、メディナの2大聖地には『イスラム教徒以外の日本人』は一歩たりとも街中に入ることは断じて許されないのだ。
こうした事実を知る日本人は少ない。














(アラブ世界には奇天烈なデザインの建物も数多く存在する〜)

サウジアラビアに限ったことではないが、アラブ世界の建築ビルのデザインは中々奇抜で面白い物がある。
ドバイもしかり、このサウジアラビアもまたしかり、である。そして、何故か幾何学的なデザインが多いと感じている。イスラム教では偶像崇拝を禁止している。唯一の拠り所が聖典であるコーランQuranである。イスラムの世界観、信条、倫理、行動規範がアラビア語の散文体で記述されたもので、114章から成る。そうした反動のせいかは分からないが、建物のデザインには非常に近未来的で、驚くデザインが多いのだ。



(←左写真)
首都のリヤドにあるアル・ファイサリア・タワーである。三角形のトンガリコーンのようなオフィスビルである。上層部には球状のレストランが入っている。各部屋に専属バトラーbutlerも付いているアル・ファイアサリア・ホテルも隣接するリヤドの象徴的なビルでもある。バトラーがいるホテルは中々少ないので、機会ある方にはオススメ。但し、周辺の厳重なるテロ警備には辟易とする。。。

高さ267m。リヤド市内で2番目に高い、高層ビルだ。







(←左写真)
同じくリヤドにあるキングダム・タワー。302mはサウジで一番の高層ビルである。
まるで取っ手のような最上階は展望フロアとなっている。フォーシーズンズホテルも入っているのだが、筆者は訪れる機会を逸した。残念。

1〜4階部分は一大ショッピングモールとなっており、その4階部分は女性専用フロアであり、男性の立入は禁止されている。





(⇒右写真)
こちらもリヤドにある『サウジアラビア基礎産業公社』(SABIC)の本社ビル。
パリの凱旋門を連想させる建物である。
本来、まだまだ奇抜極まりない建物は数多いのであるが、写真撮影には危険が伴うのでこのあたりが限度である。。。





(←左写真)
こちらはオマケの写真。
ジェッダのヒルトンホテルの女性用トイレのパウダールームである。
特別に許可を得て撮影させて頂いた。
その特異なリング状の蛍光灯が何とも、エキゾチックではなかろうか。

因みに、サウジでは女性用のトイレの中には応接セットもある場所がある。ここで簡単な食事もできるようになっている。理由は、黒いベールで顔まで隠した女性がここでは自由に脱ぐことが出来るからだ。トイレには意外な効用があるのである。






(筆者が選んだサウジアラビアのお土産を公開しよう〜)

資源エネルギーが最大のお土産であり、日本人であれば毎日の生活を通じて充分にサウジ産原油の恩恵を受けている訳だ。しかし、資源以外のお土産で有名なものは数えるほどしかない。サウジ産のサウジ・ダイヤモンド(実は水晶)、ヤシの実であるデーツdatesは特に有名であるが、『ちょい枯れ時計オヤジ』の選んだのは次の4品である:

@ 唯一神のアッラーの100の名前を織り込んだカシミール製の絨毯。
A 同じく、カシミール(パキスタン)製の木製の引き出し型テーブル。
B 『時計オヤジ』らしく、ROLEXのDATEJUSTの文字盤交換。これは後日、『お願い、DJ』 としてUPする。
C 4つ目も『時計ネタ』であるが取り敢えず秘密。こちらも後日、時計のWEBで公開したい。乞うご期待!
   (⇒ということで遅ればせながら4つ目のネタはこちら でUPした。2006/2/11)

上記の内、@とAの写真を公開すると :


(←写真左)

写真が小さくて見えにくいが、各マス目にはアッラーの呼称がアラビア語で刺繍されている絨毯だ。ウール、シルク混紡でたたみ一畳よりやや大き目である。
この絨毯は神聖なアッラーの名前であるので、決して足で踏みつけてはならない。
壁掛け用というのが正解である。







(⇒写真右)

これは4つの大小テーブルである。
真鍮(ブラス)で金色の模様が丁寧に埋め込まれた装飾が見事である。
重ねてしまうと、一つのテーブルになる。パキスタン領のカシミール地方で製作されたものだ。お気付きの通り、結局これら全てのお土産には”メイド・イン・サウジアラビア”は一つも無い。残念ながら、現地の産品で心打たれるモノは皆無、に近い。この国ではエネルギー資源以外はほとんどが輸入品に頼っているのが現実である



          *     *     *     *     *




(←左写真)
自宅付近で仲良しになった、野良猫の『ナガヤマ』。
『お前も元気で、これからもジェッダで元気に生き延びるんだぞ〜』







日常生活では『不便の極地』を嫌と言うほど経験もしたが、住めば都、である。
しかし、『都』であっても簡単には訪問できない国。恐らく、この先の人生で二度と訪問する機会もなかろうサウジアラビアは、筆者にとっては摩訶不思議な郷愁漂う土地柄であるのだ。

さよなら、サウジアラビア。
また来る日まで、マアァッサラァーマ(=アラビア語でさようなら、の意)。




『時計オヤジ』のサウジアラビア関連WEB:
2004年の『ジェッダにおけるサウジアラビア腕時計事情』はこちら
2004年の『中東名物、How To Play 土漠ゴルフ』はこちら
2005年の『さよなら、サウジアラビア』はこちら
2010年8月、『リヤドのパネライ直営BOUTIQUEを訪問する』はこちら
2010年8月末、『世界最大のメッカ・ロイヤル・クロック・タワーを実写する』はこちら


(『時計オヤジ』のドバイ&ブレゲ関連WEB:
2001年の『タイガー・ウッズ観戦記@ドバイ』はこちら
2002年の『アーニー・エルス観戦記@ドバイ』はこちら
2005年4月の『世界初のIWC直営ブティックをドバイに訪ねる』はこちら
2006年1月のジュネーヴ市内における『ブレゲ再考』はこちら
2006年10月のチューリヒ市内・BEYER時計博物館における『ブレゲ時計検証』はこちら
2009年夏、最新ドバイ時計事情はこちら
2010年夏、再訪・ドバイ最新時計事情はこちら


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