このHPの随筆シリーズ初回がジェッダ市内における『サウジアラビア時計事情』について。
2004年に予告しながら果たせなかった”バトゥハ・スーク”ことBat'ha Souqについていよいよ今回考察する。
我が人生で再渡航はあるまいと思っていたサウジアラビアへの再上陸を果たした昨年。
人生とは本当に何が起こるか分からぬものだ。
まずは『最新サウジアラビア時計事情』に見る『バトハの憂鬱』を篤とご覧あれ・・・。(2011/6/03)
(↑上写真: バトハ・スークにおける路面店の一例。これは可也、綺麗な小売店に属する。)
(UAEドバイとは全く異なる、『サウジアラビアの時計事情』について〜) サウジアラビアの首都はリヤド。 全人口は2700万人だが、リヤドは人口800万人のサウジ最大の”人工都市”である。 真夏の外気温は約45〜50度以上と超過酷だが、加えて極度に乾燥した低湿度はもっと強烈。 中東の暑い国というと、乾燥した気候を連想するかも知れないが、一般にはその逆である。 特に、湾岸と称される東のガルフ湾一帯(ドバイ、バーレン、カタール、オマーン)と西の紅海に面した地域では湿度が強烈に高い。5〜9月の真夏はまるでサウナに入っているような蒸し暑さであるが、この内陸都市リヤドはそれらとは全く異なり、年間を通じて室内の湿度計は10%台を示す。湿度10%台という環境は人体にも諸々の影響を及ぼす。水道の蛇口から出る水に触れるだけでも静電気が発生するほど。毎回の車のドアの開閉でも静電気でビリビリ、スーツを着る時でもビリビリ、握手をしてもビリビリと放電しまくり。人の肌も体調も乾燥で容易に変調を来たす。ひいては腕時計における影響も非常に危惧されるのだ。特にオイルの揮発、蒸発は常に気がかり。 そんなサウジアラビアの時計市場は極めて『特異』である。 何が特異かは追々言及するが、特異なサウジアラビアの中で、特に首都のリヤドは一層、混沌としている。『混沌の源』は、リヤド市内南部に位置する”バトハ・スーク”(AL-BAT'HA SOUQ)である。スークSouqとはアラビア語で『市場』を意味する。今では一般名詞と化して、各種露天市場や商店街、広義では交易の場所を意味する。 『バトハを知らずしてリヤドを語ること無かれ』。 時計のみならず、貴金属店(Gold Souq)、日用品、食料品、衣料品、電気製品、自動車関連、携帯電話小売店、通称フィリピンSouq等など、特に地元の低所得者層やキワモノ外国人で年中、溢れかえっている場所だ。 小売店が中心だが、”B2B”の卸売り店舗が多いのも特徴である。 当然と言うべきか、この地域の治安はよろしくない。 女性・子供の姿はまばら。圧倒的に多いのがパキスタン系の日雇い労働者や無職の不良外国人であり、失業者・不法滞在者等が街のあちこちでタムロしている。人種的には、地元サウジ人は少なく、圧倒的に多いのがパキスタン系、そして、インド・イエメン・アフリカ系黒人・フィリピン人が中心。日本人の姿は皆無、かつ日本人が行く必要の無い場所、行ってはいけない場所でもある。極論すればNYのハーレム的な緊張感が溢れているのだが、そこはイスラム国家の首都リヤドである、混沌の中にもイスラム戒律による秩序はソコソコあるのだ。 (⇒右写真: リヤド時計台。バトハから少々離れるが、昔の公開処刑場広場の入り口にそびえ立つ。) (⇒右写真)時計台を拡大するとこうなる〜: 写真では分かり難いが、INDEX表示はアラビア語数字である。 ”モーリス・ラクロワ”のロゴ表示も見える。あのラクロワ製が少々、意外。 塔の先端は中東地域のナショナル・カラーでもある緑色の瓦で覆われる。 スピーカーらしきものも見えるので、一日5回の礼拝の時間をここから大音量で流すのであろう。 因みに、公開処刑は現在でも本当に行われているのがサウジアラビアである。死刑者数は公表されないが、中国、イランに次いでここサウジアラビアでもその実行数は毎年、相当数にのぼると報じられている。 筆者は以前、実際の『鞭打ち刑』をジェッダで見たことがある。 いきなりバス数台がやってきて、40名程度の人間が二人一組となり、公衆の面前で鞭打ちされる、いわば見せしめ、恥辱罪である。ここで終われば、またバスであちらの場所へ移動というように、市内のあちこちで鞭打ち刑が行われ、『市内引き回しの刑』であるのが特徴だ。実は写真も撮影しているのだが、これをHPで公開するのは諸々の観点から控えている・・・。 (リヤドの時計市場は大雑把に3種類の重層構造である〜) 閑話休題。 リヤドで時計を探す場合には大別して次の3種類の小売市場が考えられる: 1) バトハ・スークのような安価ショップ、低価格中心での品揃えが勝負の小売店群。アメ横的雰囲気あり。 2) 大型ショッピング・モールと称される複合店舗ビルに出店された時計店。販売のボリューム・ゾーンとしてはここが中心。 3) 独立系やメジャー高級Boutiqueや旗艦ブランドが入った路面店舗。特に金持ち・マニア?向け中心。 バトハのような規模と店舗の多さを持つ場所はサウジ国内では珍しい。似た場所であれば、ジェッダ市内のOLD TOWNやバラッド地区を挙げることが出来るが、その規模が根本的に異なる。バトハの正確な広さは分からないが、筆者の肌感覚ではアメ横が10個は入ろうかという広大な広さである。そのバトハでは、場所によって商店の種類が集中しているのだが、中でも一番目に付くのが衣料品、靴、食料品、そして時計と携帯電話の店だ。中でも時計小売店はバトハ全体に散在しているのだが、最大の特徴が卸売り店舗が集中する一画。実はこの一帯を6〜7年ほど前に発見したのだが、今回はようやくジックリと”調査”することが出来た。ここには、時計の各種部材、パーツ、ベルト、電池、工具等が”安価”で販売されている。店によってはその場で修理も行う。 安価の最大の理由を一言で言えば、模造品を含めた粗悪品、2流3流品が多いことによる。 そしてご他聞にもれず、ここでもそれらの商品の原産地は圧倒的に韓国・中国であるのだ。おおよその図式は容易に想像出来ようと言うもの。以下、そうしたバトハ市場を視覚的に追ってみる。 (⇒右写真: バトハの中心地と筆者が考えている立体交差点〜) ”るるぶ・バトハ”、なんてある訳が無い。 そもそもバトハの詳細なる地図なんぞも存在しないのである。googleマップを見ても良く分からないし。自分の経験と土地勘と嗅覚を重ね合わせつつ、この街を少しづつ実体験で開拓するしかない(というか、一般の人にとっては来る必要も無い、『疎遠な危険地帯』であるノダ)。⇒右写真はバトハの中心地と目安にしている何ともチープな鉄橋式の立体交差点。ここを基点に時計問屋街を探し出すのだ。 それにしてもこの立体式交差点は、何時来ても危ない感じ。地震が無い国ゆえの設計とでも言うべきか。何時崩れてもおかしくなさそうな古めかしいこの立体橋は頼りないことこの上ない。そして低い。絶対にトレーラーは通れない(=通行禁止だが)の立体橋でもある。 (⇒右写真: その立体交差点に面してAL-GHAZALI小売店がある〜) AL-GAZALIとはサウジ国内全土にチェーン店を持つ小売店。 主な取り扱いブランドはTISSOT、RADO、MIDO、EBEL、ブライトリング&べントレー、M.ラクロワ、SAINTO HONOREなど。当国では高級ブランドに位置付けされる”高級小売店”である。その高級小売店も、このバトハでは品格が落ちる。古めかしい建物、店舗外装も理由の一つだが、最大の理由はバトハの雰囲気を象徴するかのように、日雇い労働者のたまり場所と化しているからだ。 写真で見るベージュ&白っぽい服装の9割方がパキスタン人。2ピースの白装束なので直ぐに判別がつく。店舗前では失業者や日雇い労働者が石切の斧やら、ペンキを塗るローラーなどを持ってたむろしている。男の『時計オヤジ』でさえ彼らの近くを通る時は少々、緊張する。まるで下町の山谷か場外馬券場の殺伐とした雰囲気だ。こんな場所で時計店から出てきた日には、後をコッソリ付けられて街角で強盗にあうかも知れない。緊張度は一挙に増してくる・・・。 右写真の2階部分はクリニック。赤い三日月型マークが中東では病院の意味。 赤十字社も中東では”赤新月社”と呼ばれるのはご存知の通り。 (↓下写真2枚) さて、このバトハ交差点のAL-GAZALIに入って驚いた・・・。 かつてのTISSOT限定モデルが新品そのままでまだ販売されているのだ。いや、売れ残っていると表現する方が正確かも知れないが、こうした過去の傑作品が埋もれているのがサウジ市場の特徴。つまり、顧客、買い手の人数も限られていると言うか、旅行者もいないので、原則地元の人間か外国人労働者しか顧客に成り得ない。つまり場所柄もあり、こうした時計の価値が分かる人は非常に少ない、ということだ。よって、まるで化石のように過去の珠玉が埋もれてしまい、新たな買い手を長年待っている状況だ。 こうした逸品に巡り合える可能性があるのが何とも不思議なサウジ市場の魅力である。 ↓下写真左側: 言わずと知れた、手巻きプゾー2000搭載TISSOT 1925 PORTOのクロノメーター版。 中古品でもレアなこのモデル。現代で新品に巡り合えるとは多分、世界でもここだけではなかろうか。 筆者愛用のノンクロノモデルも販売していた。ある所にはアルものだ。 ↓下写真右側: ETA2824-2搭載のHERITAGE SOUVERIGN T66.1.725.33。 オメガ30mmキャリバーモデルのようでもあり、シックなドレス時計。思わず、『う〜ん、欲し〜〜〜い!』。 (バトハで圧倒的な存在感を示すのがSEIKO、CITIZEN、ORIENT、TITAN(インド)の四つ巴だ〜) 偶然見つけたこの店はSEIKO5の品揃えが凄い。 彼らに商品知識は皆無。SEIKO5の自動巻きの何たるかなど、一切関係ない。決まり文句は毎度同じ: @世界保証、Aスクラッチプルーフのガラス、B電池要らずの自動巻きSEIKO。それだけだ。こちらも彼らとの商品トークは期待していない。期待するのは、好みのモデルがあるか、価格はいくらか、この客観的な2点のみ。 それにしてもSEIKO5の海外、特に東南アジアから中東にかけての露出度は凄い。 これがUAEのドバイであれば、こんなにSEIKO5の種類もないだろう。誤解を恐れずに言えば、SEIKO5は低価格路線&金無しユーザー向けの商品であり、ドバイのような観光客や比較的所得レベルが高い市場では商品展開は少ない。サウジの、それもバトハというピラミッド最下層に位置する人々対象がゆえの商品展開であるのだ。クォーツでは電池交換が必要となるので、メンテナンスフリーの機械式、というのが売り。販売側も買う側も機械式がOVHが必要であることなど誰も知らない。そもそもOVHが何か、どうして必要かも知らないのだ。こうした人々にとってのSEIKO5とは、壊れるまで使い続ける使い捨て時計であり、日本製のセイコーブランド、というのがある種のステイタスである。 (↓下写真2枚: 見るからに明らかにイエメン系の店員。英語もカタコトOK。こちらはアラビア語カタコトOK。 この後、店員と『時計オヤジ』との不思議で熱い”商談”が始まるのだ〜) (↓下写真左側: 最新?SEIKO5のコンビブレス2本。ギョシェ入り文字盤のブルーの発色が美しい右側ブルー文字盤を購入する。 裏スケも相変わらず”気分”だ。非常に完成度の高いSEIKO5に正直、感心する。 (↓下写真右側: SEIKOダイバー時計2本。共に自動巻きだが、右がSEIKO5で100m防水、シースルーバック仕様。 左側は”Made in Japan”の200m防水で裏蓋CLOSED。文字盤と針のデザインは微妙に異なる。 ROLEXサブも良いが、こちらのSEIKO Cal.7S26シリーズも完成された機能美を誇る。 どちらにするか優劣付け難い。真剣に悩む、悩む、悩む・・・) |
(←左写真: 小売店と卸業者の混在する一画を探索する〜) さて、ここからは卸売り業者の店舗を探検する。 サウジ国内では基本的に屋外での写真撮影は禁止なので、全て液晶を見ないで適当に撮影したもの。特に女性を撮影しなければ良いのではあるが、いつ何時、イチャモンを付けられるかも分からないので撮影はいつも緊張する瞬間である。 CANDINOのブランドは日本では極めてマイナー。恐らく、輸入代理店も無いだろうが、こちらでは伝統的な安価ブランドである。 この店舗横の通りを入って行くと、そこには卸売り業者の店舗がズラリと並ぶ。 ←左写真: とある店舗をの覗くと、そこには山のように積み上げられた白いパーツ箱が並ぶ。各箱が引き出しのようになり、ベルトやらベゼル、ムーヴ、各種パーツがゴマンと販売されている。小売店業者向けのB2B商売中心であり、個人向け販売は行っていない。 しかし、こうしたパーツは決して高級スイス時計やSEIKO用ではない。 無銘で安価な中国製の腕時計用か、若しくは革ベルトやらブレスとかの純然たる部品交換用のパーツが何十、何百種類と陳列されている。 ボタン電池も箱小売、若しくは10個単位での販売だ。 頼めば買うことも出来るが、個数は10個単位とかになってくる。 但し、価格は安い。Renata10個入り一箱で200〜300円というところだ。 ただただ、圧倒されてしまう。。。 |
(卸売り店で商品を見学することに〜) ある一軒の店舗に入ってみる。 ここの顧客は小売店が殆ど。個人向けには原則、販売しない。 ショーケースの上には各種、革ベルトが並べられている。安物は”革”ではなく、合皮だがストラップ上の刻印はどれも”GENUIN LEATHER”と表示されている。 素人目には、本革かニセモノか判別することは難しいかも。 (⇒右写真:) ウナギの寝床のように細長い店舗。 見ていると、主な売れ筋は、 @ ベルトの類(革製、金属製、其の他の素材) A ボタン電池各種 B 個別時計の修理&パーツ、が中心。 (⇒右写真:) BERGEON製や中国製、インド製のアンカーANCHORなど、各種工具類も結構、充実している。 BERGEONのピンセットやドライバーの類はその内に購入することになるだろう。 ボタン型電池もSONY、マクセル、欧州品のRENATAが中心だ。 (⇒右写真: ROLEX専用オープナーのソックリさんが〜) 上が中国製SR200(約4800円)、 下がスイス御本家のBERGEON製No.5537がSR400(約9600円)。 こうした工具まで中国製のコピー商品が席巻しているのが凄い、というか驚きと半分不快感で呆れてしまう。 BERGEON製は日本国内で18,000円はするので、SR400でも可也お買い得ではある。 こうした簡単な工具類も見ていると欲しくなってくる。 特にROLEXでシースルーバック仕様は最新PRINCE以外には存在せず、また裏蓋開封には専用工具が必要になるのでどうしようかと暫し考え込む『時計オヤジ』である・・・。 (⇒右写真: パーツの中にはROLEXマークの竜頭までもが〜) 新品のROLEX竜頭がこのように各種あり。 一瞬目を疑うが、ホンモノである訳がない。全て中国製か韓国製のFAKE。 こうした商品が堂々と販売されているのがバトハである。 サウジアラビアではコピーライト、商標権への概念がまだまだ希薄。 こうしたニセモノ商品の市場における出回り度合いは、その国の文化レベルを図るバロメーターでもある。 悲しいかな、バトハにおいてはまだまだ主流のニセモノ商品であるのだ。 (↓下写真2枚〜) 左側はSEIKOダイバーズ用のウレタンベルト。これも全部、中国製のコピー商品という。 ウレタンの発色がやや粗い感じがするが、質感ともに瓜二つ。本物と並べないと識別がつかぬくらい精巧な作り。 因みに価格は正規品の半分。店員曰く、お金のある人は純正ベルト、無い人は中国製を買うだけ、だという。コピー品の販売に対する抵抗感は皆無。逆に、商売上、こうした販売が何故悪いのというのが基本認識。 右側もラバーベルトだが、タイヤのトレッドパターンを模したもの。 価格は1本約120円足らず。尾錠付きでこの価格とは破格である。お土産に数本購入することに。 かなり得した気分だが、これもどこかの(←多分、Chopard)ベルトのコピー商品かも知れない、と、少々複雑な気持ちになる・・・。 |
(⇒右写真: 今回購入した商品がこちら〜) 中国製の工具キット。ブレスの駒調整用である。 こうした小物はあると便利だ。 タイヤトレッドパターンのラバーベルト3本。 本革製の白型押しベルト2本。 そして、LCDライト付きのルーペは倍率が異なる5枚のレンズに交換可能。 御代は合計で2000円ほど。まあまあの価格だろうね。 (⇒右写真: LCDライト付きのルーペ〜) 旅行や時計店訪問時にはマイ・ルーペの持参は必提である。 万年筆などの筆記具と同様に、ルーペも自分のものを使いたい。 こちらのLCD付きは余り見かけないので、衝動で購入した。 5枚ある拡大レンズは多分、交換用には使わない。 最大倍率のレンズを装着すれば概ね、用は足りるのだ。 さて、このバトハの混沌を楽しむ境地に達するには『時計オヤジ』と言えどもまだまだ時間が必要だ。 特に当地の週末である木曜午後と金曜日は余りの人の多さと治安の問題からも、バトハ訪問は避けるべきだろう。 もっとも、そう年中訪問する必要性も無いので、『時計オヤジ』のような酔狂な人間は少ない。 さて、次はリヤド市内の普通のお店で見たサウジ市場の特異性について述べる。(2011/6/04) 『時計オヤジ』のサウジアラビア関連WEB: 2004年の『ジェッダにおけるサウジアラビア腕時計事情』はこちら。 2005年の『さよなら、サウジアラビア』はこちら。 『時計オヤジ』のドバイ&ブレゲ関連WEB: 2005年4月の『世界初のIWC直営ブティックをドバイに訪ねる』はこちら。 2006年1月のジュネーヴ市内における『ブレゲ再考』はこちら。 2006年10月のチューリヒ市内・BEYER時計博物館における『ブレゲ時計検証』はこちら。 2009年夏、最新ドバイ時計事情はこちら。 2010年夏、再訪・ドバイ最新時計事情はこちら。 ⇒腕時計に戻る |
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