(SWACH-GROUPの戦略的ベーシック・ブランド〜) TISSOT。 ティソ、またはティソット、チソットと呼ぶ人もいる。 いわば”スイスのSEIKO”として、ごくごく一般的な時計として人気あるブランドである。そのモデル展開も幅広い。ハイテクのTタッチ、サイレンT、自動巻きクウォーツ搭載モデルから、はたまた今回のようなクラシック復刻シリーズの手巻きモデルまで、その手頃な価格帯と共に普通の時計愛好家としては目が離せない。 特に昨年(2003年)はTissot誕生150周年でもあり、記念モデルとしてクロノと3針自動巻きもリリースされた。スイス時計業界において「中の中」、的なpositionを築いているのだ。またSWACH-GROUPの廉価ブランドを代表する選手でもある。同グループの最高級ブランドをブレゲ、ブランパン、グラスヒュッテ、ジャケ・ドロー等とすれば、高級ブランドにオメガ、中級ブランドとしてロンジン、ラドーが、そして屋台骨と言うべき中低価格ブランドがTISSOT、SERTINA、SWATCH等である。全ての顧客層に対応するべくこうした抜け目無いマーケティング戦略がSWATCH-GROUPの強さを支えている。 |
(ポルトガル向けモデル、Porto〜) このTISSOTは名前の通り、1925年製のモデルの復刻版である。しかし、オリジナル・モデルを知らないのでどの程度の「復刻」であるのかは分からない。当時、ポルトガルは貿易が活発であり、また大西洋における玄関口としても栄えていた。そうした顧客向けに作成されたのが名前の由来であり、PORTOとは現存するポルトガルの第二の都市名である。あのIWCの名作ポルトギーゼもポルトガル向けモデルだ。 現在では、フランク・ミュラーに代表されるトノー(tonneau)ケースは既に当時は非常に流行していた。いわゆるアール・ヌーヴォー、アール・デコの影響大であり、ロンジン、オメガ、はたまたPATEKに至るまでかかるラインのモデルをリリースしている。特に1920年代からは各社にこうしたデザインが散見される。歴史、流行は繰り返す。だからアンティーク時計に精通することは現在のWATCH-MAKINGにおいても無視できない重要性が存在するのである。 このトノーケースは勿論、機械プレスによるのであるが、フランクミュラーのような全部が曲面、という仕上げではない。写真でもお分かり頂けると思うが、ベゼル部分は比較的フラットに処理されている。デザインとコスト面での融和、とでも言うべきか。 (ETA7001は汎用性の高い極めて信頼できるムーヴメントだ〜) このモデルは世界限定6,666本。同時期にクロノメーター・モデル(1925本限定)や18KYGケースも発売されている。日常の使用にはこのノン・クロノメーターで全く問題無い。日本国内ではノン・クロノメーターが発売されたかは不明。クロノメーターモデルは30本が発売された情報もあるが真偽は不明。いずれにしても国内では滅多にお目にかかれない稀少性、という点も気に入っている。因みに筆者はアラブ首長国連邦ドバイの時計店で購入した。2001年の9・11テロ直後でもあったが、中東においては現在(2004年現在)でもまだ在庫をたまに見かける。 ムーヴメントはベストセラーのプゾー(ETA/Peseax)7001搭載の手巻き3針である。21,600vph(6振動/秒)、パワーリザーブは実測で約44時間。何よりも目を引くのが文字盤の独特のアラビア数字だ。2,3,5、6、9の数字などは、まるで名探偵ポワロのヒゲのように丸まって可愛い。時針中央部分から放射状に刻まれたギョーシェ模様も大変美しい。因みに何故かクロノメーターモデルにはこの美しいギョーシェ彫りは無い。3針はブルースチール製のようにも見えるが、単なるペイントか本当の青焼きハンズかは定かではない(恐らく前者)。拡大ルーペで見ると針の面取りは雑である。こうした点は廉価モデルとは言え、少々不満な点だ。 クラシック・デザインな時計であれば日差がどうのという問題は二の次だ。もっとゆったりと時間を眺めることが出来ればそれで良いのだ。小窓の秒針もいわば動作確認モニター用として割り切っている。6振動の「癒し系ビート音」が心地よい響きである。手巻きであるが、リューズが平べったくて少々巻きにくい感触はあるが、それも個人差であろう。日常ユースで支障になる点は皆無、である。唯一、筆者の好みである日付表示が無い点が残念。願わくば、12時位置下にbig-date表示があれば最高である。思い余って駄目もとでTISSOT本社(スイス)商品企画部にそのような意見をしたところ、ご丁寧なるe-mail返信を頂いた。こうしたキッチリとした対応にも好感が持てる。堅実ブランドたる所以だ。 クロコ型押しのカーフ革ベルトにシングル式Dバックルが標準装備されている。使い勝手は良好だ。ケース裏面には8本のビスで留められた裏蓋が見える。防水性は3ATM。ケースは縦43mm、横32mm、厚さ約9mmあり、大型の部類に属する。しかし、装着しても違和感は全く無い。ケース裏面は極僅かながら、微妙に曲面を描いている気がする。またトノーシェイプ独特の「見た目の柔らかさ」も多分に影響しているかも知れない。スーツ姿でもごく普通に納まる時計である。派手さは皆無であるが、独特のデザインが個性を主張している。何となく知性、エスプリさえも感じてしまうのだ。 TISSOTは毎年、必ずと言って良いほど復刻シリーズや限定モデルをリリースしている。こうしたモデルに使用されるロゴは、この時計のような古いTissot の斜体文字が使われる。こうした些細なデザインもクラシカルな雰囲気を醸し出すことに成功している。メーカーによっては、または時計師によっては単なる復刻モデルを嫌う傾向もある。過去への遺産に頼る姿勢を潔し、としないのが理由であろう。しかし、単純な帰結ではあるが、こと時計に関する限り「良いものは良い」のである。特に時計のデザインは1950〜60年代までにあらかた出尽くした感がある。そうであれば、腕時計ルネサンス現象がピークである現在の時計市場において、そうした過去の傑作品を再度現在の進歩した技術を基に造り直す、ということも肯定されるべきと考える。それは単なる模倣や安易なコピー手法ではない、歴史的遺産の再構築であるととらえたい。 |
(時計の価値基準とは?〜) 一般的に時計を評価する基準として、『価格』がある。 持ち主に対して「それいくらですか?」という質問が多すぎるのだ。 高い時計=高級時計=良い時計、という図式が世の中にはまだまだ根強く存在する。ある意味、車とも似ている。「いつかはクラウン」の宣伝文句のように、社会的成功、地位、名声と共に時計もstep-upするのだ。勿論、それを全面否定はしない。特に機械式時計であれば、細部の仕上げに完璧を求める程、手作業を必要とし、結果として値段もそれなりになる。 しかし、一見高級そうに見えて中身が薄い時計も数多くあるのも事実。決してブランド名にばかりは頼れないのが難しいところだ。それを見分けるのはやはり本人の眼力しかない。 物事は何でもそうであるが、表面的なデザインや、世間の噂、流行だけに振り回されず、自身の判断力が大きく求められる。こと時計においてはそれが顕著である。だから、知識を溜めるだけでも時計は楽しいのである。 腕時計は決して価格だけで評価できるものではない。 このTissot 1925 Portoを見ていると、ふとそんなことを感じるのであった。(2004/04/30) (加筆修正)2007/1/11写真全面変更、2009/10/07写真変更、2009/12/07 |
追記1(2004/4/30)(2004/9/10): 2004年のバーゼルフェアで左写真のPORTO CHRONOGRAPHが発表になった。実物を確認すると3眼式のクォーツ製であった。 Dバックルは観音式のダブル式。シングル式よりも一層心地よい装着感は間違いない。クロノグラフ派には待望のモデルかも知れないが、特徴的なアラビア数字が小ダイアルで中途半端に隠れてしまうのは個人的には興ざめである。大きさは手巻き式よりも一回り小さい小ぶりなクロノ。2004年6月、欧州中心に発売開始。現地での実売価格はおおよそ4〜5万円であり、文字盤はシルバーと黒の2種類ある。シルバーにはギョーシェ模様が美しく映えるが。文字盤がちょっとゴチャゴチャしている。 追記2: 長年愛用して実感しているが日付表示無しの手巻き3針時計は極めて便利で実用性が高い。 精度上、電波時計などの必要性を何ら感じないのは筆者が古典的なアナログ人間である所以かも知れないが、プゾー7001の精度に不満は皆無だ。。 2001年に購入以来、早丸8年を経過する。 そろそろ時期でもあるので大事に至る前に磁気抜きと調整も兼ねて日本国内の某時計工房でオーバーホールをお願いすることにした。総費用は2万円弱。良心的であろう。 (⇒右写真が念願のムーヴメント実物写真。ETA7001を初めて目にすることが出来た。ムーヴ直径に比してテンワの大きさが良く分かる。精度の高さはこの慣性モーメントが一因となっている。) 3つの受け板にコートドジュネーヴでもかけ、ルビーも大型化すればそれなりの見栄えもしようが、素の形状そのままの姿は何ともそっけない。かろうじてTissot刻印が金色で入れてあるのが”識別コード”か。 しかし、コンパクトで完成されたキャリバーである。8年間の間に感じた不具合は皆無。信頼性が高い証拠にカルティエ始め、名だたるメジャーメゾンも起用しているキャリバーでもあるので高品質は当然の結果でもある。 尚、オーバーホール結果は5気圧防水合格。全部巻き上げた状態でのタイミングの測定結果は、3時方向を下で日差+4秒、12時方向を下で日差±0秒、平置きで日差+2秒であった。 大型文字盤を有するこのPORTOであるが、秒針小窓の位置も上手くポジショニング出来る便利なキャリバーでもある。こうした伝統的で信頼性の高い既存キャリバーをベースに、受け板と脱進機まわりに手を加えれば、そこそこの良心価格で見事な時計が出来上がるはずだ。 どこかのメゾンとTIE-UPさせて頂き、是非ともこの『時計オヤジ』にデザインを任せて欲しいものだ。 間違いなくシックでクラシカルな時計を製作して見せよう。(2009/05/09) 230400 追記3: 久々の追記。 発売後、10年を経過した現在でもここサウジアラビアでは新品クロノが販売されている。 恐らく代理店における在庫、完全なるNOSであろうが、今見ても新鮮なデザイン。 しかし、クロノの3つ目ダイアルがINDEXを隠してしまうのが残念。 もう少し、メリハリを付けた文字盤デザインにすれば垢抜けただろうに、実に惜しい。 折角の機会なので、拡大写真を添付しておくことにする。 (2013/9/15 501281) 『時計オヤジ』のTISSOTに関するページ: ⇒ TISSOT 1925 PORTOはこちら。 ⇒ TISSOT T-WIN AUTOQUARTZはこちら。 ⇒ TISSOT PRS516 Automatic(2004年モデル)はこちら。 ⇒ (腕時計MENUに戻る) |
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