2005年1月にZODIACを購入したミラノのGRIMOLDIを8ヶ月振りに訪問した。 と言っても、今回はドゥオモ広場の店では無く、Via A.Manzoni 39にあるアンティーク中心の別店舗である。 ここで、じっくりとパルミジャーニ・フルーリエParmigiani FleurierのType370を拝観する。 * * * 実物を前にすると世の『空批評』のむなしさが分かる。迫力十二分。 これぞ、『近代ドライビング・ウォッチ』の頂点。 文句があるヤツは、この時計をはめてみろ! 邦貨、約サンゼンマンエンだぞ〜!!! |
(名店グリモルディ再訪〜) 2005年9月。年初に訪問したミラノを再訪する。 もう10月間近というのに、ミラノはまるで真夏のような暑さ。が、寒いよりはよろしい。 耐寒構造に無い『時計オヤジ』には願ったり適ったりの天気である。 折りしも、ミラコレ直前で市内にはアパレル業界人と思しき日本人も数多い。 いいね、いいね、こういうガサガサした雰囲気。大好きである。 冒頭の写真はご存知、GRIMOLDIファミリーの写真 + Bugatti Type370である。 写真右から、創業者で父親であるANSELMO、長男ROBERTO(結婚おめでとう!)、長女PAMELA(おぉ〜、VOLUMEを増したような〜!?)、2男GIORGO、そして未だに独身、『バイクと結婚した3男』CESAREだ。 『時計オヤジ』は『LEONオヤジ』にはなり切れない。 しかし、イタリアは大好きである。季節を問わず、何時訪問しても楽しい。ワクワク、ドキドキの街。 ミラノであれ、ローマであれ、フィレンツェであれ同様だ。 どんな街を訪問しようともハズレは無い国。それがイタリアとも言えよう。 (今回のお目当ては二つ〜) 一つは、大好物のWモンクストラップ(靴)のカジュアルタイプを探すこと。 そして、もう一つは前回、2005年1月に店の迫力に負けて入店を諦めたGRIMOLDIのVia Manzoni店を訪問することだ。 結論から言って、やはり旅先での最大の敵は『自分に躊躇』すること。 一期一会。好奇心と度胸は最大限に増幅させなければならない。 スイスはジュネーヴのPATEK本店前であろうが、独逸はグラスヒュッテのランゲ工房正面玄関前に立とうとも、怖気づいてはなるまい。『十分な準備と礼節』を備えた上で、あとは我が道を突き進むのみ。 大袈裟だが、今回のGRIMOLDI訪問はそんな『覚悟』で臨んだ時計オヤジである。 (← 気さくな笑顔で迎えてくれた店員さん〜) やはりここはイタリアである。 そして名店、グリモルディである。突然の訪問にも誠に気さくで、丁寧な対応を頂く。 時計オヤジとの会話の波長もピッタリ。実は対話においてはこれが一番肝心。 幸いにも筆者の英語とイタリア語もバッチリ?嘘。英語だけで十分に事足りるのだ。 ←彼が手にしているのはいるのは、仏エルメス製のバーガンディ色の革ベルトを装着したパルミジャーニ・フルーリエParmigiani Fleurierの”BUGATTI タイプ370”である。さて、実物を手にさせてじっくりと鑑賞させて頂くこととしよう。3000万円の時計をいとも容易く、惜しげもなく手にさせてくれるところは感謝、の一言。おまけに白い手袋をして扱う必要もない。 いいね、いいね、このお気楽さが。でもちょっと恐縮する時計オヤジだ。 (←左写真) 世界限定50本中のNo.4である。 『神の手を持つ男』。まるでマラドーナのように形容されるミッシェル・パルミジャーニによるこの問題作は2004年にリリースされた。 説明不要のブガッティとのコラボ・モデルである。 世界初のムーヴメント横置き機構は、まるで自動車のエンジンそのまんまである。 鼓のような形の時計だが、時計というよりはこれこそ機械、というイメージだ。 真横にある文字盤はエンジ色の小さなデザイン。この180度反対側にはチラネジ付きのテンプが見て取れる。ボディは18KWGで、中身のムーヴメントの大きさも伴いずっしりと重い。。。 (写真右⇒) 手首の真上からは180度シースルーのムーヴメントが丸見えだ。 手巻10日パワーリザーブの残日数は回転式アラビア数字板で表示される。 横置きとは言え、何とも横に長いムーヴメントであること。 因みにこの時計、真横からもスケスケ、手首側は『裏スケ』と、見せる努力を最大限にしているところも素晴らしい。合計5箇所もあるスケルトン窓だ。 これでもか、と言わんばかりのサービス精神は革新の時計にこそ良く似合う。 それにしてもこの横置きのムーヴはとても時計には見えない。 横軸に水平に設置された機械といい、4つのプレートにマウントされた各種部品と言い、とても従来の時計機械の概念を超越している。最早時計をも超越?した、まさにこれこそ計器と呼ぶに相応しい。 この時計には従来の概念における『竜頭』は無い。 時計裏面には独特な突起が二つある。それを専用工具で動かすのだが、何ともマニアック。ゼンマイ巻き上げ用と、時刻調整用のネジのような、突起があるのだ。決して使い易い構造ではないのだが、この時計には効率とか、使い勝手とかは当てはまらないのだ。 (←左写真) これが文字盤と反対側の『裏スケ』部分。 古典的なチラネジ付きテンプというのがノスタルジーを誘う。 この時計、実は正真正銘のドライビング・ウォッチである。 手首のカーブに沿ってケース形状にも工夫が凝らされている。 文字盤にしても運転手の目線を考えた配置だ。 文字盤自体は小さめ。瞬時の視認性はお世辞にも褒められない。 しかし、何よりも独創の塊である『ムーヴメント命の時計』であるのだから許してしまおう。敢えて言えば視認性は二の次。BUGATTIの為にM.PARMIGIANIが作った、というだけでこの時計に対する表現は完結するのだ。 * * * あーでもない、こーでもないと店員さんとの会話を楽しむ。 邦貨で約3,000万円弱もする。こんなに高価な時計を好きなだけ手に出来るとは何とも有り難い幸せ。 加えて、ゼンマイ巻上と時刻合わせを専用ツールを使い実演も頂いた。何でこんな時計をデザインしたのであろうか。ブガッティの要請で製作され、2002年SIHHでベールを脱いだこの時計。多分に、『ブガッティの無理を、横置きムーヴに押し込んだ作品』と時計オヤジは感じ取る。それにしても、パルミジャーニの頭脳は常識をはるかに超えているかのようだ。神の手、天才たる所以である。1950年生まれのM.パルミジャーニ。同年代後半生まれにはフランクミュラーやF.P.ジュルヌ等の別の天才もひしめく。そして同年代の『時計オヤジ』はただただ、ため息である。 (←左写真) 1870年代製、ブレゲBreguetの置き時計 Via A.Manzoni はモンテナポレオーネとスピーガ通りにまたがる。 そこに面したGRIMOLDIの店舗はアンティーク・クロック(置き時計、掛時計)の宝庫でも最高級店舗だ。上述のミッシェル・パルミジャーニは現代における時計修復士としても超一流である。本拠地フルーリエの本社工房では、今も超ド級の歴史的置き時計とか懐中時計やらがレストアされている。 そうした因縁じみたものを感じさせるのがGRIMOLDIで発見した、この1870年代製のブレゲの置き時計だ。 例のブレゲ数字が手書きで描かれている。それだけでも感動モノ。 値段を聞くのを忘れるほどの迫力だが、やはり価格は知りたいところ・・・。 傑作品を前にすると毎度の事ながら自分の冷静さを維持するのが至難となる。 いきなりアドレナリンadrenalinも高まる自分を感じる。 またまた超人ハルク状態で、困るなぁ〜、『時計オヤジ』は。 (←左写真) GRIMOLDIの店舗奥にあるワークショップである。 店舗の奥にはこのような修理工房がある。 実際は写真の3〜4倍程の細長いスペースがある。 丁度、訪問時には2名の技師が作業中。 向かって右の方の真剣な眼差し・・・。 どれどれ、作業を拝見すると、アレアレ、安価な日本製クォーツ時計の修理ですね。 ちょっと肩透かし!?を食らう。 それにしてもこのルックス、仕草、表情の全てが何ともイタリアンなお二人である。 この修理工房も近々、拡張、リニューアルの予定であるのだ。 (←左写真) このLa Montre Bugatti Type 370の発表時、GIRIMOLDI店舗前で華やかなセレモニーが行われた。その時の記念写真がこれである。 左から、ミッシェル・パルミジャーニ氏、本家AUDI社長氏、GRIMOLDIオーナーのアンセルモ氏である。 このスリーショットは中々の迫力ではあるまいか。 ブガッティの実車を前にしたTYPE370も凄い迫力だ!!! (←左写真) もう一枚、左の御仁が誰だかお分かりの方は素晴らしい!!! 店舗前での披露宴の後、別途パーティ会場にてのスナップである。 右側は勿論、アンセルモ氏だ。 では、←左側の銀髪の御仁は誰??? これがお分かりの方は敬服します。 答えは10日後に発表予定。。。 この他にまだまだ名店、掘り出しブランド、時計店も軒を並べるこの界隈は、ミラノ徘徊オヤジには興味が尽きない。 ローマは一日して成らぬが、ミラノも同様、奥が深すぎる。 魅惑のファッション迷宮都市でもあるのだ。 Special thanks to ; GRIMOLDI MILANO, Via A.Manzoni 39 『ちょい枯れオヤジの』イタリア関連ページ: 『ちょい枯れオヤジのミラノ徘徊』はこちら。 元祖、『ドオゥモ店のGRIMOLDI訪問記』はこちら。 『再訪、ミラノの名店GRIMOLDIでBUGATTI TYPE370を楽しむ』はこちら。 『生誕地フィレンツェにPANERAIブティック1号店を訪ねる』はこちら。 『イタリア時計巡礼〜フランクミュラーを探す旅』はこちら。 フィレンツェの『Ferragamo博物館探訪記』はこちら。 フィレンツェのアウトレットで買う『Tod's Calfskin Loafer』はこちら。 『イタリアで英国靴を探す旅〜Church購入記』はこちら。 写真の答え: 1934年生まれのジョルジオ・アルマーニGiorgio Armani (2005/10/10) |
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