時計という既に成熟化した単一工業製品について、毎年これ程多くの企業が新作を出展するフェアは稀有だ。 新作投入による市場活性化、掘り起こしを狙うのは分かるが 果たして毎年、こうした大々的なフェアが必要だろうか。 この数年、必ずしも”観る側は楽しい”とは言えない状況が続いている。 それは一体、何故だろうか? |
(独立時計師協会アカデミーAHCIは未だ元気だ〜) 1989年に結成されて以来、数々の名作・ブランドを生み出したアカデミーのコーナーも中々圧巻。 他のメゾン展示スペースと最も異なるのが、商談スペースがないこと。勿論予算面も理由だが、何より作品の主と直接ブース前で話が出来るのが最大の利点だろう。 (←左写真: Lang&Heyneのオーナー兼時計師であるマルコ・ラング氏) 2004年にドレスデンの自宅兼工房を訪問以来、4年ぶりの再会を果たす。 当時よりも体格が一回り大きくなったような大柄の時計師は、大変心の温かい人柄で好感が持てる。その作品には頑なまでに彼の哲学が反映されている。こうしたことは個人経営でないと実現出来ないのが現代の時計業界だろう。その風貌といい、茶色のベストといい独特のファッション感覚を持つこの大男の作品は信頼感で溢れている。 (ヴィンセント・カラブレーゼ氏、”最後の独立ブース”を訪問〜) 鉄腕アトムのような前頭部が特徴的なVincent Calabrese。 既にブランパンで再スタートを切っているのはご承知の通り。 AHCIの創始者メンバーとして、また独立時計師のパイオニアとして、独立したブースをキープしてきたが、今回がAHCIに出展する最後になった。1943年生まれだから昨年時点で御歳65歳。フィリップ・デュフォー氏のように生涯、独立時計師を貫くのも一つのスタイル。カラブレーゼ氏のような選択もアリだろう。 但し、気掛かりなのは過去の創作時計のメンテをどうするかだ。 その点、カラブレーゼ氏はブランパン加入後もキッチリ、アフターサービスの時間を確保すると明言しているのが救いである。一方、代理店ルートが既に消滅している国もあるだろう。具体的なメンテ対策は個別ケースでどうなるか、出たとこ勝負であろう。 (←左写真:氏の代表作の一つ、”Night & Day”〜) 12時間毎に文字盤の時刻表示が変化する。 12時位置にはカレンダー表示が、6時位置にはパワーリザーブ表示まである。 2003年の発表モデルだが、その発想は”コロンブスの卵”的で非常に面白い。 ある意味、フランク・ミュラーのクレージーアワーズと似通った発想ではなかろうか。 ETA2892A2ベースの自動巻き搭載で裏面はシースルーである。 ケース径34mmとやや小振りだが、存在感ある楽しい時計だ。ラグの形状も独特。 この他にも名作”モナリザ”や横尾忠則とのコラボ作品”TIME-WEB”等の全モデルが展示されていた。時計バブル時代突入直前の黎明期における印象深い作品である。 (←独立時計師系では最大の展示スペースを誇るGREUBEL FORSEY〜) グルーベル・フォーシィーのブースは大きい。 特徴的なケース形状を持ち、超複雑系のトゥールビヨンで有名なこのブランドが目指すところはどこにあるのだろう。しかし、このブランド、最早、独立時計師系を超越した規模を誇る。雑誌『世界の腕時計 Vol.102』最新版で詳細レポートがあるのだが、これを見て少々、驚いた。人員も建物もまさに”中小クラス企業規模”であるのだ。このブランドは既に立派なメゾンとして活動している。 ←左写真は2つの傾斜するトゥールビヨンを搭載し、横が部分的にスケルトンとなり、左下のトゥールビヨンの動きが分かると言うもの。超巨大なケースに見えるが、これでもケース径43.5mmである。パワーリザーブは50時間だそうだ。そして注目の価格は7035万円!!!これを定価で何本が売れるのであろうか?個人的には古典のアンティーク時計は別物として、新作時計に1000万円を越える価格を支払う気持ちにはなれない。この種の時計は最早、一点モノの芸術作品として捉えるべきであろうが、それでも所有して楽しむ範疇からは逸脱したガジェット、オモチャ系の時計にしか感じられないのは『時計オヤジ』だけであろうか・・・。 (← こちらはドイツ人時計師ブランド、MARC BROGSITTER〜) 『時計オヤジ』推薦であれば、上述G.FORSEYよりは断然、こちらである。 ドイツ人独立時計師と言えば真っ先に頭に浮かぶのはセンター・トゥールビヨンで有名なビート・ハルディマンである。もっと、もっと、次元を変えればD.ドーンブリュートもいらっしゃる。しかし。このMARC BROGSITTER、その迫力と完成度は一見して、只者ではないことがこちらにも分かる。 ←左写真ではクリアではないが、脱進機(ケージ)の大きさが目を見張る。素人目にもその出来栄えには息を飲む程。重厚感あるラグ形状、ケース厚が大迫力の巨大角型ケースは魅力十分。こうした時計は日本では紹介されないし、購入も出来ない。やはり本場欧州の裾野の広さ、バーゼルの奥の深さとでも言うべきか。 興味ある御仁はこちらで詳細を確認したら宜しかろう: http://www.marc-brogsitter.com/fascination/index.html (老舗オメガの新作シーマスター・アクアテラは力作〜) オメガのCo-Axialへのコダワリはどうやら本物だ。 初期のCAL.2500には数々の問題があった。パワーリザーブが極端に短くなったり、最悪の場合、脱進機自体が止まってしまう等等。そのCAL.2500も3段階で改良されており、現行プラネット・オーシャンもCAL.2500系だが、どうやら初期の問題はクリアした模様。 閑話休題。この新作アクアテラにはアワービジョンでデビューしたCAL.8500が搭載されている。オメガの自信作、久々の自家製キャリバーである。性能的にも高い評価を受けている。しかし、そんな中身の機械以上に注目するのはその文字盤。縦縞のストライプ模様が刻まれたデザインは何ともクール。かつてのROLEXデイトジャストに採用された縦縞文字盤を彷彿とさせる。視認性という点では必ずしも『死角無し』とは言えないが、黒にも近いグレー文字盤は中々の出来栄えだ。今風の41.5mm径に150m防水機能を備え、まさに新型ROLEX”デイトジャスト2”とぶつかるが、『時計オヤジ』はオメガに軍配を上げる。唯一の欠点は分針(長針)が周囲のINDEXまで届いていない、寸足らずな長さであること。これは誠に惜しい・・・。 (シチズンの複雑系コンプリケーション・シリーズに期待する〜) シチズンのクォーツ系コンプリ・ラインは面白い。 高級路線のカンパノラ・シリーズと、一般ラインのコンプリケーション系がある。 同社開発キャリバーで有名どころでは、ミニッツリピーター付きのグランドコンリケーションがある。天賞堂やシェルマンが独自モデルに搭載しているアレだ。 左写真モデルもEco-Driveでありながら、回転ディスクをりようしたデイト・曜日表示配置が中々秀逸。針のデザインも頑張っている。 Basel観戦記Bでも紹介したが、こうした高性能クォーツを利用したアナログ式コンプリモデル開発は今後とも期待がかかる。スイス製機械式メゾンでは絶対真似の出来ない、独自の路線を開拓できる。あのフィリップ・デュフォー氏も絶賛しているように、シチズンには今後とも、デザイン細部の仕上げ含めた『熟成』を期待する。 (BREITLINGのスーパーオーシャン・ヘリテージには早くもクロノグラフが登場〜) 2007年にスーパーオーシャン復刻版で話題をさらったモデルに今回はクロノグラフが加わった。オリジナルにはないクロノだが、ブライトリングらしい纏め方で仕上げてある。独特のベゼルとプッシュボタン、そしてメッシュ式ブレスがスーパーオーシャンのアイコンだる。46mm径ケースは流石に巨大。COSC合格で200m防水はその名に恥じぬ性能を誇る。 ”復刻&メッシュブレス”の先鞭を付けたこのモデル。 後に続くオメガ・Proplofやロンジン復刻ミリタリー&ダイバー系への強烈な刺激となっている。先手必勝のスーパーオーシャン、今後の”攻めと守り”をどうするのか注目である。 (GUCCIもこの数年でググッとデザインを変えてきた〜) 近年、パンテオンに代表されるように力強いデザインで勝負しているGUCCI。 2008年ではこのダイバーズモデルの”パンテオン・ウォータースポーツ”が目を惹いた。ETAベースの自動巻きで300m防水のこのモデル。ケース径44mと超大型であるが、見た目は中々硬派な仕上がりだ。 ケース形状は丸で、ECW(European Company Watch)を拝借したようにラグもケースサイドの面はシャープで角張っている。ベゼルはかつてのTISSOTダイバーのよう。4時位置のカレンダー表示もスッキリと上手く納まりが良い。 長針も周上INDEXまで届く長さで、一応のツボは抑えている。 個人的にファッション・メゾンの時計は好みではないが、GUCCI、HERMESのメゾンは興味深い作品を生み出している。 BEDATのNo.3ヘキサゴン・モデル。 今まで何度と無く言及してきたが、トノー型というより六角形のこのモデル、女性用時計のデザインとしては素晴らしい完成度と美しさを誇る。CARTIERの女性モデルも素晴らしいが、ジュエリーブランドのCARTIERとは違った、老舗時計ブランドとしての底力を感じさせるのがBEDATの女性用腕時計だ。 9連ブレスレットは非常に繊細で美しい。 ヘキサゴン・ベゼルにはダイヤモンドがギッシリと埋め込まれている。 青焼き針のようなブルーカラーの太い2針が白文字盤に映える。 ゴールド製のケース&ブレスをベースとしたこれ程上品なモデルは少ない。 18金とダイヤをふんだんに使用しても上品なのは、ヘキサゴンという古典的で落ち着いたケース形状と繊細な9連ブレスデザインに立脚して為だ。 BEDATはメンズよりも女性用時計に逸品が多い。 まさに一生モノとして手に入れる価値があるモデルだろう。女性用だけどね。 |
![]() (嗚呼楽しい、時計漬けのバーゼル会場での昼食について〜) バーゼルはスイス、フランス、ドイツの3カ国が交わる土地である。 市内を流れるライン河が国境となり、3カ国分岐記念塔も名所として存在する。 言語はドイツ語。よって、料理もそれなりにドイツっぽくなるのだが、ソーセージ大好物の筆者にはこの単調な味こそ密かに期待していた”裏バーゼル”の楽しみでもある。今回のバーゼル会場には色々な種類のレストランが入っているので各種料理をピンキリで楽しむことが出来る。勿論、会場外に出れば路上カフェもこの時期、暖かくて楽しい。 そんなビュッフェで選択したメニューがこちら。 白、茶色のソーゼージ2本と温野菜3種類をセレクト。加えて地ビール中瓶1本で26フラン。約2500円程だから、この種のメッセでは標準的価格だろう。肝心のお味は、これが中々美味い。興奮と軽い疲れから昼間のビールも効くのだが、焼きたてのボリュームある白ソーゼージも絶品。本当はマッシュドポテトも食べたかったが、フレンチフライで我慢だ。。。 (”バーゼル土産”についての雑感〜) 実は今回密かに楽しみにしていたのが『バーゼル土産』。 世界的にここまでメジャーとなった時計&宝飾展示会である。せめて小さなお土産ショップくらいはあるだろう、という期待はもろくも打ち砕かれた。なーんにも無い、のである。バーゼルフェアのシールとか、バッジとか、何かあっても良さそうだが、何も無い。 しかし考えてみれば、通常の”展示会”はこういうもの。 独・ケルンのフォトキナも同様だった。基本は商談の場であるのだから。 『でもなぁ、ここは憧れのBASELなのに、商売っ気ないよなぁ〜』、と愚痴&諦めの境地だが、未だに残念・・・。 そんな中、フェア会場正面の特設ブースに臨時『時計書店』が開設されていたのが救い。”あの時計師”のDVDや、”あの有名メゾン”の書籍&写真集が並んでいる(←左写真)。 分厚い名著、”BREGUET”もある。特に気持ちがソソラレタのがリシャール・ミル(RM)の特集カタログ。 カラー写真がふんだんで、拡大撮影された各パーツが見事に美しい。文章よりも写真で溢れているのが何より分かり易い。 まさに鑑賞、するに相応しい。絵画と同等の位置付けだ。RMファンには垂涎の写真集かも知れない。 筆者も欲しかったが、この手の本は重い。兎に角、半端でない重量があるのが難点。傍では、国際クーリエ窓口もあるので、フェアで集めた時計カタログと一緒に別送するのも良いが、今回はGIVE-UP。 それでも、やっぱり買ってくれば良かったかなぁ、といつも土産は旅の終了後に欲しくなるのである。。。 |
(BASEL総括: バーゼルフェアとは”巨大台風”のようなもの〜) 近年、毎年の慌しい新作ラッシュには嬉しいというよりも、少々食傷気味となっている『時計オヤジ』である。買い手側がこのように感じるのだから製作側がもっともっと複雑な状況・心境にあるのではあるまいか。 しかし、今回BASELを訪問してしみじみ感じたのは、BASEL自体が既に生き物のように命を持って一人歩きしている、ということだ。 簡単に言えば、BASELとは巨大な台風のようなもの。中心である台風の目にはユーザーである我々観客がいる。その周囲を強烈なスピードで暴風雨が吹き荒れる。それが数々の時計メゾン。その更に周囲を部品業界、宿泊・外食業界、イベント業界、ロジ・物流業界など凡そ時計とは直接的に関係の無い企業や人々が大きな渦に飲み込まれている。 換言すれば、BASELとは”不退転の世界にある利権の渦”に他ならない。 好き嫌いに係わらず、ひとたびこの渦が動き出すと止まらないし、周囲の業界や人々物全てを巻き込んでゆく。 とどのつまりはBASELとは金のなる木であるのだ。 仮にPATEKやROLEXが出品を取り止めても事態は何ら変わるまい。 そしてもう一つの理由。 こちらがより核心と考えるが、時計という既に完成され尽くした、直径4〜5センチ程の精密機器には、乱暴に言えば基本的に技術革新は最早、残されてはいない。クォーツの登場、そして電波時計とソーラー電池の開発で精度競争と環境問題にまで終止符が打たれている。更には、元来、時計というものは”長期間使用可能な消耗品”、である。 孫子の代まで云々、と言えば響きは良いが、その維持費や日々のメインテナンスの労力とコストは想像を絶する。であれば、割り切って消耗品と考え、ダメになったら買い換える、と考えた方が簡単で経済的だ。 ところが、時計はそう簡単には壊れない。 そして、ごくごく普通の人間であれば、時計をそう何個も所有する方は稀有であろう。その結果、何とか閉鎖的な市場をこじ開ける努力をメーカーとして行うことになる。ユーザーの購買意欲を刺激する市場カンフル剤は何か。どうしたら時計を売り込むことが出来るか。その答えが新作投入である。長期寿命を誇り、壊れない時計達を新作モデル発表で陳腐化に追い込むこと。そして、奇抜なデザインや機構で人々の興味を引き寄せ、、財布の紐をゆるめて、一人当たりの所有個数を増やすこと。 これがBASELの根底にある基本戦略と読む。 かつてのミネルヴァのように、長年モデルチェンジもせずに、良い時計のみを長年作り続ける会社は現代では少ない。 そして90年代と2000年代では時計業界も、それを取り巻く世界環境全体も激変した。”現状維持、此れ脱落か死”、”作るか死ぬか”とまで言われている現代の時計業界においては、新作投入こそが”是”であり、BASELのような桧舞台こそが毎年毎年の上述”陳腐化大作戦”に大きく貢献する場所でもあるのだ。 そう考えると誠に味も素っ気も無い話となるのだが、それがBASELの現実だろう。 そんな現実に嫌気が差せば、A.シルベスタインのようにBASELから降りることになる。 それもまた一つの選択であり、独自の生き方でもある。 雑誌やインターネットからでは決して分からないド迫力と深遠なる坩堝が待つ。それがBASELだ。(2009/12/12) (BASELシリーズ完) (『時計オヤジ』のバーゼル参戦記シリーズはこちら〜) @2008年BASEL観戦記〜バーゼル会場までの到着編はこちら。 A2008年BASEL観戦記〜バーゼル会場編はこちら。 B2008年BASEL観戦記〜気になる時計編はこちら。 C2008年BASEL観戦記〜市内&宿泊番外編はこちら。 D2008年BASEL観戦記〜気になる時計2 & 総括編はこちら。 ⇒ (腕時計MENUに戻る) |
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