MINERVA  ミネルヴァ(ミネルバ)

MINERVA PYTHAGORE - 1998 ANNIVERSARY DIAL
REF.A481-AA8 (CAL.48) 


(シンガポールにて『新生ミネルヴァ』を発見!?〜)

ミネルヴァ、ピタゴラス。
この名前より「キャリバー48」の方が有名ではないだろうか。

ミネルヴァはスイスにおいて1856年に創業。中堅クラスのブランドとして、また1948年以来生産し続けている自家製キャリバーCAL.48やクロノグラフムーヴメントCAL.20CHを中心に小さなマニュファクチュールとしてその地位を保ってきた。しかし、残念ながら数年前に経営難からイタリア資本グループに買収され、ミネルヴァのブランドも一旦は消滅したのだ。

2003年、待望のMINERVAブランドで復活を成し遂げたが、その経営方針は従来と180度転換しているようだ。なぜなら、CAL.48も復活したのであるが、ケース、ムーヴ共に18金製となり金額も100万円近い(若しくはそれ以上!)になっているではないか。むむむ、これでは「庶民のキャリバー」として育まれたCAL.48ではない。

2004年2月、その新生ミネルヴァの実物はシンガポールのオーチャード・ロード、義安城(=高島屋ニーアンシティ、写真右⇒)の反対側にあるショッピングセンター「パラゴン」で見ることが出来た(ウルトラQの「ガラモン」みたいなネーミングだ?)。 義安城も時計SHOPがたくさん入っておりマニアには最高に楽しいが、パラゴンも震撼モノだ。何といっても、アジア唯一のパルミジャーニ・フルーリエの直営店がある。そして、2003年バーゼルでデビューした超高級ブランド”DE WITT”の代理店でもあるYAFRIROにその新生ミネルヴァの18Kモデル、ピタゴラスは鎮座していた。。。金色にキラキラ輝くミネルヴァ。ムーヴメントも金ピカである。しばし絶句。「こんなはずではない・・・」やはりミネルヴァにはSSケースが一番似合う、と思うのは筆者だけではあるまい。あぁ、ミネルヴァ前社長のフレイ親子(注)は今どうしているのだろう、としばし感慨に耽るのだ。

(注)創業者のフレイ氏Andre Freyは92歳の生涯を2004年に閉じたそうだ。(2005/10/2追記)



(超ロングセラーのCAL.48の魅力とは〜)

好きな人にはたまらないCAL.48。
以前は左程興味もなかったピタゴラスであるが、ムーヴメントへ関心が深まるに従って、自然とCAL.48にも魅かれて行った。数年前にケース径38oのGRANDEが登場したが、ピタゴラスには34o、厚さ8oの小ぶりなサイズが一番似合うと思う。

TARGETとして決め手となったのは:

@22個ものチラネジが付いた古典的な天符こそが最大の売り物である。
Aスワンネック緩急針付き。
Bロービートの極みである毎秒5振動。
C今や新品でこの価格帯(=20〜30万円)では他に有り得ないこと。
D駄目押しは一応、コートストライプ(cotes de Geneve)もかけられ、受け板に面取りも”らしく”施されている丁寧な仕上げである。地板にはペルラージュ仕上げも垣間見ることが出来る。

その他、独特な直線的受け板、角穴車の矢印であるミネルヴァ・マーク、等など、鑑賞にも十分堪えるムーヴメントだ。裏蓋はスクリュー式であり安心感もある。この手の時計でスクリューバックも多くは無いのでこうした構造はユーザーフレンドリーで嬉しい点でもある。







(チラネジ付き天符にぞっこん〜)

今時、新品でチラネジ付きのこんなムーヴはトゥールビヨンや雲上モデルのLANGE等、そしてデッドストックムーヴを搭載し直したモデル以外には中々見当たらない。チラネジは多ければ良いものでもないが、"THE LANGE 1895"も"REVERSO プラチナNO.2"(トゥールビヨン)も共に18個止まりが多い。チラネジだらけの22個の迫力はお分かり頂けよう。チラネジの魅力とは、そのクラシカルな面立ちとテンプが振幅する姿にある。緩急針の無いフリースプラングfreesprung式テンプやPATEKのジャイロマックスgyromaxも良いが、やはり古典的なチラネジを多用したスワンネック付きテンプの姿が一番の好みである。本末転倒ではあるが、最早、精度云々のレベルではない。テンプ周りのデザイン、その美しさを最優先の評価ポイントとするのが『時計オヤジ』の美的感覚である。

そして、お約束のスケルトン・バックに手巻き、というのがツボを押さえて泣かせてくれる。自動巻きのローターはどうしてもムーヴの半分を常に隠してしまうので、観賞用としては邪魔であるのだ。また黄金率に基づいて設計された直線的なガンギ受けとブリッジも特徴的。好みは分かれるだろうが、CAL.48としてはこれ以外の形状は有り得ない。手巻きの良さは持ち主の意思で動かすことができること。毎日のゼンマイ巻上げ儀式により機械式時計を自分が動かすことを確実に実感できるのだ。このように特徴を列挙すると、如何にこのCAL.48が独創的なデザインであり、松花堂弁当のようにオカズ満載であるかがお分かり頂けると思う。



(ゆとりの毎秒5振動ムーヴメント〜)

毎秒5振動のムーヴメントは現行品ではもう存在しないのではあるまいか。と言っても、ピタゴラス(SS)も今となっては現行品ではないので、最後の現行品5振動、であったかもしれない。このロービート音は本当にゆったりしているので、8ビートに慣れた人には奇異にさえ聞こえよう。
因みに筆者は新品のDEAD-STOCKの新品をドイツの時計店で入手した。
国内のオークションでも稀にピタゴラスにお目にかかるが、SWAN-NECK緩急針が無いモデルや一回りケース径が大きいグランデモデルが多い。1998年のアニバーサリーモデルは今やシーラカンス並みの存在かも知れない。

そして、ムーヴをよく見ると、そこにも「ゆとり」を感じる。
最新のPATEKやVACHERON、CHOPARDのLUCやLANGE等のギッシリ系ムーヴは現代のCADコンピューター設計から生まれたもの。ミクロン単位の計算で部品もコンピュータ切削されているが、CAL.48はとてもそうは見えない。誤解を恐れずに言えば、丸で隙間だらけ、歯車同士の遊びもたっぷり、面取りも雑であり、如何にもスケルトン・バックで見せる為に表面上、加工している感は否めない。その証拠にムーヴ文字板側はキズだらけ、磨きも全く無いのである。こうした点が表面的なシースルーバックに頼る「スケルトン・バック依存症」とも言えよう。しかし、である。だからと言って精度に大きな問題もなく、時計としての役割は勿論、ユーザーにゆとりや安心感さえまでも与えてくれる。見えないところに手を抜くからこのような安価な製品を提供できる、と考えることも出来る。ミネルヴァファンは皆、恐らくこうした所が気に入っているのではなかろうか。

余談であるが、この点、NOMOSは凄い。徹底して部品を自社で磨き上げている。見える所、見えない所全部である。価格もピタゴラス並。これぞグラスヒュッテ魂、バウハウス魂とでも言うべきか。NOMOSがプゾー7001にチラネジ式天符を組み込んだら即買い、であるのだが、、、



(淡白な文字盤はそっけない顔〜)

文字盤は乳白色、シルバーホワイトとでも言うべき色調でありギョーシェ模様は無い。秒針の小ダイアルはシルバー調で、細かいギョーシェが円周状に彫られている。華美な点は何も無い。
INDEXは植字のようなアプライド式。小さめのアラビア数字は時針と共に金色である。時針はリーフ型。全体のデザイン・バランスはIWCポルトギーゼに近い気がする。デイト表示もない。時間表示のみを目的とするシンプルウォッチの極みここにあり、である。

3針のケースそのものは可も無く不可もなく、国産でよく見かける普通の感じである。正直に言えば『かなりチープ』な質感。高級感は微塵も無い。アジアのケースメーカーに注文しているという噂もあるが真偽は不明。革ベルトは飴色のやや淡い茶色オーストリッチ。これも金色INDEXとSSケースに良く調和している。
(⇒右写真: ベルトは純正より濃い色のフランス製オーストリッチを装着。また純正のステッチは革と同色の茶色である)



(「粋」の構造〜)

ミネルヴァは従業員も10数名の小会社であったので、こうしたパーツは当然ながら全て外注のはずである。そうであれば品質と低価格を求めてアジアの部品メーカーと取引したことも容易に想像は出来る。ケース径34oというのは現代では女性用といってもおかしくないほど小さい。しかし、一昔前は34oが標準サイズであったのだ。持論だが、”on-duty”においてはケース径34〜38mmがベストである。手首の上で無理なく納まるのは38oが限度である。それを超えると全体のバランスを失することになり、また時計が目立ち過ぎる。さりげなく、ドレスシャツの袖口から半分見え隠れするのがつつましいデザインである。筆者はパネライの大ファンでもあるが、仕事中には40oの薄型?ラジオミールと言えども装着することには躊躇する。小さい、目立たない、クラシックであること。サラリーマンであれば、人と接する職場であればそれが「粋」、というものだ。
あなたの腕時計は必ず見られている。見ている人は必ずいる。分かる人には必ずわかってもらえるのだ。




(『ネオ・クラシック』ムーヴメント礼讃〜)


さて、このようなムーヴを搭載した時計は50〜60年代には、至極当たり前のムーヴであった。オメガ、ロンジン、IWC、JLC、ZENITH、PATEK、そしてわれらがSEIKO、シチズン等など、数え切れないブランドがあったのに、どうして皆、こうしたムーヴを止めてしまったのだろう。安価で正確なクォーツ・ショックの時代背景の為か?平テンプで十分精度が出せるから?実際にチラネジを調整して精度を出せる人もいないから?手間もコストもかかるから?チラネジの空気抵抗問題?素材と温度問題との兼ね合いから?どれもが納得できる理由にはならない。

昨今の時計トレンドは『ネオ・クラシック、懐古調』である。
スイス高級時計メゾンはどこもこうしたベクトルをデザインに取り入れている。であれば思い切って過去につくった古典ムーヴを再設計するのも手である。そこに現在の工作精度と技術を加えれば、本当に時計ファンが待ち望むムーヴメントが出来るはず、と期待するのは筆者だけではあるまい。究極の精度を実現した電波時計の登場で精度競争には終止符が打たれた。KINETICやECO-DRIVEも大賞賛である。しかし、ハイテクだけでは解決出来ない魅力がまだまだ主流であるのが腕時計、特にドレスウォッチと呼ばれる分野である。腕時計ルネサンス最盛期の今こそ、CAL.48のような古典的ムーヴが継続的にサバイバル出来る土壌が大いにあると信じる。3/4プレートで輪列を隠してしまうムーヴメントも良いが、ごくごくありふれた基本設計・デザインでも逆に現代においては非常に貴重な存在となりうる。

メゾンの方々には是非ともマーケティングを腰をすえて実践して頂きたい、と切に訴えたい。
アンティーク時計を求めるユーザーの多くも、そして現行品ドレスウォッチを求める多くのユーザーも、同様にこうした意見をお持ちであると感じる次第である。(2004/4/04)


(加筆修正: 2005/10/2、2008/2/10全写真変更、2009/04/28)

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