随筆シリーズ(88)

『2010年9月、最新・シンガポール時計事情C』

〜Part-4: モンブラン・ブティック訪問記@Orchard Rd.〜





またまたOrchard Rd.に舞い戻る。
ここに面するモンブラン・ブティックを訪問する。
目的は旧型の萬年筆用インクボトルの購入であったが、入ってみてビックリ。
今回は、その理由をじっくり述べることにする。(2010/10/23)





(アジア最大の売り場面積を誇るモンブラン直営ブティックを訪問する〜)


マンダリン・ホテル1階にあるMandarin Gallery。
昨年、こちらにオープンしたモンブラン直営店(ブティック)は店舗面積でアジア最大規模を誇るそうだ。銀座の直営店は3階建て(=地下1+地上2階)だが、各フロアはちょっと狭い。こちらの直営店はまず、足を踏み入れたとたんにその広大さに驚くと同時に安堵する。
まさに、サロン、ブティックという高級な雰囲気で溢れた空間は日常を忘れさせる。こちらの気持ちもオープンとなり、財布の紐も緩み勝ち?と成るかどうかは分からないが、俄かリッチ気分を味わえるのは確かだ。

基本的に店内は撮影禁止だが、今回は許可を得て数枚撮らせて頂いた。
中でもブティックのイチオシは左写真(←)の特大シャンデリア。
説明によればスワロフスキー60万個(!)を使用した特別製(そりゃぁそうでしょう)だそうで、吹き抜けの2階天井から吊るされたガラスのオブジェは見事な輝きを誇る。モンブラン・ファンならずともオーチャードを訪問したら必見の『隠れ観光スポット』である。


実は今回のモンブラン訪問の目的は新型・旧型の萬年筆用インク(ボトル)を購入することにある。今年初から新型ボトルが発売され、インクの色・容量・ボトル形状ともに一新されてしまった。

個人的には旧型ボトルが好みだが、新型でも中々買えない色もある。
それを目指して、義安城のブティックで在庫確認のもと、こちらのブティックを訪問することになった。云わば、偶然の訪問であるが、中々見応えあるブティックである。






(あのミネルバMinervaの展示コーナーに俄然、注目する〜)

倒産後、買収劇で迷走するミネルバをモンブランが手中に収めたのが2007年、僅か3年前のこと。その後、『ミネルバ高級時計研究所』(Institut Minerva de recherche en haute horlogerie)を発足させ、クロノグラフ中心に本格的な商品開発に乗り出したことは周知の事実。

筆者にとってミネルバとは、Cal.48搭載ピタゴラスに代表される古典的で良心的なキャリバーを長年生産してきたメーカー。小規模ながら傑作クロノグラフを世に輩出してきた家内手工業的な技術集団、というイメージがある。
そんなブランドを買収額に見合った(であろう、若しくはそれ以上の)付加価値を強引に付与して、高級路線上に無理やりとも思える手法で引き上げたのがモンブラン、という認識に立っている。

2007年のSIHHで投入してきた870万円のワン・プッシュ式クロノ『ヴィルレ1858』や435万円の3針『ヴィルレ1858セコンド・オーセンティック』には、正直その値付け含めて余りの『バブル加減』に言葉を失ったものだ。そんなモンブラン直営店の一角を飾るミネルバ・コーナーであるから、心中複雑な思いで一杯になってしまう。





展示品の一部から:

↓下写真の左側: 昔のパーツ保存用ケース。旧ロゴやマークがファンには懐かしい限り。
  右側写真: 懐中やクロノグラフ用と思しきダイアルの実物。斜体のMinerva旧ロゴが気分だ。
























(タイム・ウォーカー・クロノグラフは『時計オヤジ』の嗜好範疇に入るか〜)

いまやモンブランの中核をなす看板モデルモデルである。
43mmケース径の大型クロノは新旧デザインのエッセンスが凝縮されたモデル。個人的にはアクが強すぎる顔立ちに注文を付けたい所。特にアラビア数字の書体と、先っぽが途切れた様な2本の時針の先端形状は何度見ても『抵抗感』が消えない。ということはモンブラン最大のアイコン的デザインが『時計オヤジ』の性に合わぬことを意味する。言わば致命的な性格の不一致か・・・。

ということで、決して手にすることは無いモデルではあるが、興味が尽きないのは何故だろう。それは斬新なデザインの中にも古典的な白縁の3つのインダイアルを配置するなど、徹底した新旧混在デザインが上手く融合しているからである。おまけにこのレザーベルトでは細かなパンチング模様が施されており、嫌がおうにも古典的な雰囲気を醸し出す事に成功している。こうしたツボを押さえたバランス感覚は、正直、見事である。タイム・ウォーカー・クロノには文字盤デザインにも幾つかのバリエーションがあるが、中でもこのモデルの出来栄えは出色と言えるだろう。








(←左写真: お決まりのスケルトンバックからは青焼きっぽいネジが目立つ〜)

気になるムーヴメントは歴史的にも評価の高いETA7750がベース。汎用機械として採用するメゾン・モデルの多さがこのキャリバーの基本性能の高さを物語っているとも言えよう。

時計の少しの動きでさえ敏感に感じ取って、小気味良くスムースに回転するローターは見ていて非常に気持ちよい。そっけないローターのデザインではあるが、極力コストを抑えた仕上げと割り切って考えねばなるまい。それでも、スケルトンバックから見える7750の眺めは絶景とまでは行かぬが、中々のもの。仰々しくブルーペイントされたネジは7750上のアクセントとして効果的だ。
こういう装飾は個人的には好みであるのだ。







(注目のニコラ・リューセックについての雑感〜)

2008年に発表されたモンブランのオリジナル・クロノ、ニコラ・リューセックには当初より注目してきた。
その理由を一言で表現すれば、かつてない文字盤デザインの自由度の高さと、自家製ムーヴメントの造形美にある。
ケースは43mm径、厚さ15mm程であり、その迫力は十二分。ゴロゴロ具合も十二分のモンブラン渾身のモデルである。


(←左写真: 文字盤の自由度の高さとは〜)

この文字盤にはモンブランのコダワリと、どのクロノグラフにも似ていない独自性が溢れている。
コダワリとは1997年にモンブランが腕時計に進出した時から採用している太字のブレゲ数字とふくよかな時針デザインを踏襲していること。
その時間表示ダイアルをやや小振りの偏心に位置させた点が際立つ。偏心の理由は二つのクロノグラフ用小ダイアルを下段に平行配置させる為であるが、小ダイアル間の重なり、お互いの干渉具合を極限まで減少させて視認性を確保する目的は十分に達成されていると言えよう。そしてクロノグラフ用の小ダイアルも針が動くのではなく、ダイアル自体を回転させることで、リューセックの19世紀初頭のオリジナル作品である『タイムライター』へのオマージュを具現化したのは見事。

写真では良く見えないが、文字盤の下半分、クロノグラフ・ダイアルの下半分の位置にはジュネーヴ・ストライプを模した装飾まで入れる凝りよう。更にはデイト表示、デイ&ナイト表示まで『押し込んだ』サービス精神は評価するが、これは少々蛇足、勇み足の気がする。ここまでゴチャゴチャにする必要性は無かったのではと個人的には思うのだが、いずれにしてもこうした文字盤のデザインは他に比較するモデルが無い、完全無比のオリジナル作品として輝きを放つ理由である。




(⇒右写真: 注目のムーヴメントCal.MB R200について〜)

表の文字盤に負けず劣らず、ムーヴメントの仕上げも中々見事。
完全自社キャリバー(デザインという点では)であり、こちらの造形も他に類を見ない独自性がある。

最大の特徴は『垂直クラッチ』を用いた恩恵によるデザイン自由度の高さと完成度の高さにある。『垂直クラッチ』の説明は各種雑誌記事に譲るとして、『時計オヤジ』が素直に見て楽しいと思うのが、ローターにくり貫いたモンブラン・マークが回転する度に、受け板をくり貫いて見せるコラムホイール上に重なり、コラムホイールがこのマークから見える点。偶然ではない計算された『確信的な洒落』を『二つのくり貫き』を通して視覚的に炙り出す技には、流石に一本やられたと感じる。

中央に位置する4番車の下には『垂直クラッチ』を配し、左右にはクロノ用の歯車を水平に配置する凝りようにも溜息が出る。こうした『歯車の輪列デザイン独創性』でも個性十分なキャリバーであることは間違いない。

一方、水平表示で連想するのは、エベラールのクロノ4、オメガの5輪マーク表示のクロノ文字盤等であるが、筆者には平行表示・水平表示に対する違和感は未だに払拭しきれていない。古典的な造形概念に反する、落ち着きが無いデザイン、バランスを欠くデザインというのがその理由である。よって、『クロノ歯車の横一直線的視覚化』の意図は判るし、成功しているとは思うのであるが、『時計オヤジ』の嗜好からは『やりすぎ』の評価となってしまうのだ。


気になるのは自社製キャリバーとしての信頼度、耐久性、そしてその性能の高さである。
時計メーカーとしてはまだまだ子供のモンブラン。リシュモンに属するとは言え、そのサービス体制の充実度が一番気になる。
時計のみならず、バック等の皮革製品、サングラス、はたまた化粧品にまで手広く商売を拡大するその『メゾンとしての拡張性』も少々、気になる点。かつてのGUCCI、P.カルダン等のように拡大路線と共にブランド存在意義を薄めて行くパターンが当てはまらないことを願うのみだが、こと腕時計に関する限り、製品開発同様に重要なのが『アフター』の体制。つまり、どこまで本気でユーザーの面倒見をする覚悟があるのか見極めないと、この種のプチコンモデルに手を出す勇気は正直無い。
モンブランは昨今、筆記具においてさえアフター体制と満足度で十分な評価を与えることには正直躊躇している筆者であるが、今後の最大の課題は顧客満足度、即ち前向きな商品開発と並行で後ろ向きなメインテナンス体制の拡充・充実をどこまで深化できるかが鍵と考えている。






(丁度、ジョン・レノン記念PENが発売されていた〜)

ブティック2階も広大な売り場面積を誇る。
こちらは主に、指輪等の宝飾品、限定版の筆記具各種が展示販売されるコーナー。

モンブランの各種限定記念萬年筆シリーズには毎回、溜息が出る。
他社筆記具メーカーと決定的な違いは、その商品開発力が魅力と羨望と上市頻度を十二分に満たしていることだろう。悪く言えば何でもかんでも商品化に結びつける商魂たくましい企画力の賜物ではあるが、筆記具メゾンとしては間違いなく『横綱』。他の追随を許さない完全なる独走状態にあると言っても良かろう。

モンブラン筆記具は時計で言えばPATEKのステージにある。
そのモンブランが本格参入した腕時計において、目指す方向性はPATEKとは異なるだろうが、せめてメインテナンスにおいては、『いつでも、どんな状態でも、短時間で直します』という時計メゾンとしての信頼度・安心度を確固たる形で顧客向けにメッセージ発信して欲しい。それこそが、ユーザーにとってモンブラン購入に対する最後の決め手、になるのではあるまいか。




Part-5、『混沌の非ブランドの世界探訪編』へと続く。。。(2010/10/23)
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『時計オヤジ』のシンガポール関連WEB:
@ 2010年9月の『最新、シンガポール時計事情』Part-1・チャンギ国際空港到着編』はこちら
A 『最新、シンガポール時計事情』Part-2、激戦区オーチャードRd.周辺事情』はこちら
B 『最新、シンガポール時計事情』Part-3、マリーナ地区について』はこちら
C 『最新、シンガポール時計事情』Part-4、モンブラン直営店訪問記』はこちら
D 『最新、シンガポール時計事情』Part-5、ムスタファ・センター訪問記』はこちら

E 『最新、シンガポール時計事情』Part-6、総括・シンガポール番外編』はこちら

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