TISSOT   ティソ

TISSOT PRS516 AUTOMATIC (2004 MODEL)
Ref.T91.1.483.51(=Bracelet)、T91.1.413.51(=Leather)





2004年のBASEL発表モデル。
当時も意識はしたが特段、触手を伸ばす誘惑にまでは駆られなかった。
あれから6年後、久々に再会したこの時計(=勿論新品)は中々魅力的だ。
”フライングINDEX”と”パンチング・ブレス&ベルト”が最大の特徴。
今まで知らなかったがTISSOTのDriving Watchは意外と豊富である。
今回は思わず衝動買いしてしまった、この古典のリバイバル・モデルについて言及する。(2010/6/10)




(”Driving Watch”、ドライビング・ウォッチとは何か〜)


Driving Watchに明確な定義は無い。
例えばダイバーズ・ウォッチのように、防水性能が200m以上とか飽和潜水用対応であるとかの”特殊機能”が求められる訳でもない。乱暴な言い方で括るのであれば、Driving Watchとは『車のイメージで売り込むムード派時計』という表現が当てはまる。そんな『ムード派時計』にも、大別すれば次の3種類があると言えようか:
@ 時計メゾンとカーメーカーがコラボした時計:
   例)ポルシェ、フェラーリ、ベントレー、国産でもホンダ等等のカーメーカーの名を冠したモデル。
A サーキットやカーレースと密接な関係を持つ時計:
   例)ROLEXデイトナ、TAG HEUERのモナコやシルバーストーン、CHOPARDのミッレミリア等が該当する。
B 漠然とDriving Watchと称して、運転する時の着用をイメージした時計:
   例)昨年、復刻されたVacheronのヒストリーク・アメリカン1921、そして今回のTISSOTもそれに属する時計だ。

車=スピード、という関連性からクロノグラフも多いが、シンプルな3針式モデルでも十分にDriving Watchたる資格がある。
こうした『曖昧な範疇』にあることが逆にDriving Watchの素性を隠すと共にモデルとしての裾野を広げている所以だろう。



(⇒右写真: 雑誌『タイム・シーン』でも紹介されたのが懐かしい〜)

2004年発売の雑誌”TIME SCEAN”(Vol.3、103頁)で紹介されたPRS516。当時の日本国内価格が63,000円、2004年10月発売と記載されている。何本程度が国内販売されたのか知る術は無いが、余り見かけない時計であることだけは確かだろう。
創業1853年のTISSOTは、その長年の歴史・モデルを通じた『引き出し』の数が多い。このモデルも現代風に味付け直した『復刻モデル』であるが、そのオリジナルを紹介する情報は皆無だ。マスコミも復刻版を紹介する時には必ず原型モデルを同時紹介して、その味付け具合と進歩さ加減をレポートして欲しいものである。

※因みに、2004年には名作『バナナ・ウォッチ』の手巻きモデルが日本限定で3度目の復刻発売ともなっている。








(←左写真: これがオリジナル・モデルの”VISODATE”〜)

インターネット上でも検索したがオリジナルモデルが中々見当たらない。
TISSOT独自のアーカイブでなければ発見不可能と思いきや、この時計の外箱にオリジナルと思しき写真を発見した。

成る程、@デイデイト表示付きで、Aブレスレットに軽減孔の丸い穴がビルトインされ、B独特の時針形状も今回の『復刻版』でも同様の意匠を踏襲している。象徴的なモチーフとなる共通点は主にこの3点にある。
INDEX周りのデザイン処理も復刻されているとも言えようが、かなり大幅に味付けされているので、これをもって完全復刻モデルと称するには無理がある。
復刻というよりは、過去の名作時計のツボを押さえた『新生Driving Watch』とする方が正しい解釈だろう。





(←左写真: オリジナルには手巻きCal.781と782が搭載される〜)

こちらが手巻き17石、チラネジ式一体型アームを搭載するCal.781。
50〜60年代中半に使われたキャリバーで18,000VPH、当時の汎用的なキャリバーである。手巻きというところがクォーツ登場前の時代的で『らしい』雰囲気がある。今回の2004年モデルでは、ETA自動巻きというやはり現代の代表的な汎用キャリバーが使用されているのはそれなりに面白い。

このCal.781ではチラネジ式テンプだが、Cal.782ではスムース式が採用されているようだ。







(⇒右写真: オリジナルには大きく2種類のモデルがある〜)

右側がTISSOT-VISODATE SEASTAR。
左側がTISSOT-PR516。
共に軽減孔のあるブレスと革ベルトを装着する”Driving Watch"だ。
特に左側のPR516の”時針デザイン”は今回、完全復刻されているのだが、全体的にはVISODATEとPR516の『折衷復刻モデル』というところか。

PR516の語源であるが、TISSOTの歴史本である”Tissot: 150 years of history”によると”PR”は”Particularly Robust”とある。
また、”516”の意味についてはTissot事業部に確認結果、『Cal.781を搭載した5番目のキャリバーで、そのキャリバーを使用した16番目のモデル』という説明を受けた。『5番目キャリバー』の意味が、今ひとつ解せないものの、成る程、初めて知る語源であり、ようやく『時計オヤジ』の興味とモヤモヤが解消された気持ちだ。ご丁寧に回答頂いたTissot事業部にはこの場を借りて感謝申し上げる。
それにしても16番目のモデルとは、当時でも既にそんなに種類があったのかと少々驚く。

それでは現在モデルの”PRS”に付いた”S”は何を意味するのか?
TISSOTのダイバーモデルにもPRS200とかあるが、こちらは、”Precision、Robust、Sport”の略である。
今回のDriving WatchモデルのPRSとは、復刻モデルに冠されたオマージュと最新モデルの意味を加えた”Particularly Robust and Sporty”と『時計オヤジ』は解釈したい。




(2010年BASELでは新型PRS516が発表されたが〜)

前作発表から6年後の今年、新型PRS516 Automaticが発売された。
ケース径は2m大きくなり42mm、中身の機械は全く同じETA2836-2。しかし、新型のブレスモデルでは肝心の軽減孔である”穴”がなくなってしまい、INDEXも通常仕上げとなり、全体に間延びした淡白な印象を受ける。
新型と比較するほど、6年前の旧型モデルの個性が際立つ。

一方、旧型のベゼルは黒色PVDコーティングされており、上記のオリジナル”PR516”の雰囲気がそっくり生かされているのが分かる。1〜12の数字というのがやや興醒めなデザインであるが、それ以外は中々の出来栄え。全てにおいて2010年モデルよりもこちらの2004年旧型モデルに軍配が上がる。

重量では旧型が165グラム、新型では195グラムにもなるらしい。
200グラム近い重量は可也の覚悟と腕力が必要になるだろう。コンデジ1個を手首に括り付けるのと同じ訳だから、その重さは容易に想像できる。この165グラムでも相当に重いのだから、195グラムというのは想像しただけでも左手首が苦しそう・・・。

⇒右写真: 愛車LS430のチェンジレバーを背景に撮影してみる。
        やはり車との愛称は気分的にも可也、ヨロシイ・・・。






(”フライング・INDEX”の妙〜)

今回のモデルで最大の特徴がINDEXである。
筆者が勝手に命名した”フライングINDEX”とは、BAR INDEXがまるで空中に浮いているかのようなデザインが特徴。よ〜く見ると、分針はINDEXの下側に回り込んでいるのが分かろう。
そう、このINDEXはツメのように直角に曲げられて文字盤上で浮いているのだ。植字式が主流のINDEXにおいて、このような”直角加工”が施されたINDEXは初めて見る。オリジナルモデルにも存在しない独創性と単なる復刻モデルに仕上げないTISSOTの意地をこのINDEXに読み取るのだ。

それにしても面白い発想である。
こうした遊びが出来ることにTISSOTの底力と懐の深さを感じる。
TISSOTは云わば、Swatchグループにおける『デザインの実験工房』でもある。半ば、何でもありのデザインの自由度には、まさにデザイナー冥利に尽きる楽しいブランドである。廉価モデルでこうした試みを仕掛けてくるTISSOTの戦略は決して侮れない。




(裏面にはステアリングがモチーフとされたスケルトン仕様〜)

このスケルトンバックもタダでは終わらない。
ステアリング・ホイールをデザインしたスポーツカー特有の軽減孔(=軽量化をモチーフにしたデザイン、DISKブレーキにも見られる)付きであるのが心憎い演出。TISSOTの一連のPRSシリーズモデルには随所にこのステアリングのモチーフが見られる。こうした処理はTISSOTの得意とするところ。

汎用機のETA2386-2を搭載した『お詫び』ではあるまいが、キッチリとその借りをデザインで返そうという、こうしたコダワリ意匠も『時計オヤジ』の琴線に触れる部分である。

このETAの機械にはローターにTISSOT独自の刻印があるものの、それ以外はホボ『素』のまま。特段の味付けが無い代わりに、ブレス(革ベルト)同様の軽減孔をスケルトン内のこうしたパーツにも配するのが嬉しいコダワリ。どうせなら、ローターにもDISKブレーキにあるような細かい軽減孔を配して欲しかったが、恐らくこれが製作上の予算の限界でもあるのだろう。

ところで、このETA2836-2は中々優秀である。
特に12時深夜に瞬時に切り替わるデイデイトは素晴らしい。Grand Seikoの1/2000秒切替式とまでは行かなくても、ジワジワと変わらない瞬時切替式、というのが『時計オヤジ』としては正直、驚く機能だ。Cal.2892に代表される廉価28系ETAムーヴメントには常々、感服するところ大、であるが、こうした基本性能がしっかりしている点は他のスイス製自家製キャリバー云々と騒ぎ立てられる超高額キャリバーにも全く引けを取らない。むしろ手巻き&ハック機能等も付いた高性能キャリバーである、というのが『時計オヤジ』の認識である。マニュファクチュールと称する「雨後の筍」のように存在する下手なスイスメゾンよりも、よっぽど潔くて爽快なイメージを与えてくれるのがETAキャリバーだ。もし徹底的にパーツの仕上げ、面取り、装飾を施せば、とんでもないSuper ETAマシーンが完成するだろう。

他にも以下の機能が特徴として挙げられる:
■11・1/2リーニュ、25.60mm径、25石、42時間パワーリザーブ ■手巻き付き、秒針停止(ハック)機能付き ■防水性能 5気圧防水 ■サファイアクリスタル ■316L製SS無垢素材によるケース&ブレスレット ■厚み 約12.1mm ■ケース径40mm等等・・・





(”軽減孔”付き、ブレスレットの妙〜)

サテン、ポリッシュ、軽減孔配置という3拍子が程よく調和しているブレスレットの仕上げは、中々巧みな出来栄えだ。今回は新品モデルのブレスタイプに加えて、付属品として純正の茶色革ベルトも同時に購入した。日本ではこうしたベルト単体での販売は難しかろう。というよりも、このモデルを新品で購入すること自体が現在では困難。

一方、今回購入した時計本体価格は、略SWATCH並みなので、この時計の素性と実力(中身)から考えれば超破格、とも言える。こうしたオールドモデルが買える中東(〜と言っても国は限定されるが〜)は本当に意外な楽しみがあるのだヨ。


PRS516にはSS製ブレスでも、革ベルトでも似合う。
しかし、Driving Gloveをしてでの装着には、やはり革ベルトがより良く似合うだろう。

車の運転には、”Driving Shoes + Driving Gloves + Driving Watch”、という『Driving3点セット』で身支度するのが正解。全てに共通するのは革素材が含まれる点。マッシブでハードな車という金属の塊の中では、革の柔らかい素材感と色彩感覚が安らぎと、ひと時の安堵感を与えてくれる。

とは言え、長期の使用と耐久性を考えれば当然、ブレスモデルもOKだ。
このPRS516のブレスは上述したが、とにかく重い。パネライ並かそれ以上だ。中空ではない316Lの無垢素材ということもあり、ズッシリ感は見た目通り。軽減孔部分の陰影からも分かるように、ブレス自体の厚みも十分にあり、時計本体の重みもこれまた十二分。左腕に装着する筆者としては、左座席でステアリングを握るのでハンドル部分を常にホールドする位置にくるが、ズシリと感じるブレスの重みは想像以上。自然と気合が入ってくるのだ。





(⇒右写真)
そうした重みから開放されたい時には革ベルトのこちらがお奨め。
革ベルトもブレスに負けず劣らず厚みがある。
各4個ある軽減孔もそのデザインが映える。
ブライトリングでは現在、パイロットモデルにもこうした軽減孔を配したブレスモデルをリリースしている。車(Driving Watch)や航空機(Pilot Watch)用では、本来、軽減孔とは密接に関係する事実から、特に好んで使用されるムード派的意匠の代表でもある。

PRS516の革ベルトにはシングル式Dバックルが装着される。
時計の落下防止と革ベルトの長期寿命化を図る観点からは妥当な標準装備である。プッシュ式でないのが唯一、惜しい点だ(⇒ブレスレットはプッシュ式のダブルホールディングである)。




* * * *

さて、色々薀蓄・放言を綴ってきたが、それらを一切取り去っても、このTISSOT PRS516には60〜70年代のノスタルジーとスパルタンなスポーツさを兼ね備えた、まさに趣味的要素満載の楽しい時計である。
文字盤上の創業年を表す”1853”のゴシック調ロゴが、何故か安っぽさを醸し出すことだけが残念。
どうせなら、”1925 PORTO”でも用いられた斜体オールドロゴ”Tissot" のみで統一し、余計なプリントを排除すればもっと良い雰囲気になるのになぁ・・・。ここだけは何とも惜しい。(2010/6/10) 302100


(追記1)
2012年の新作で遂にオリジナル復刻モデルが登場した(⇒右写真)。
TISSOTのロゴは勿論のこと、短い長針といい、薄い穴あきブレスレットといい、略、完全復刻と言ってよかろう。
特にブルー文字盤はシンプルで美しい。
ケース径や全体のバランスが大変に興味深いが、早く現物を手にして見ることが今から楽しみである。
TISSOTは相変わらず、SWATCH GROUPの末っ子グループとして、そのヤンチャ振りを見事に発揮してくれているようで嬉しい限り。
(2012/2/16 416300)
















『時計オヤジ』のTISSOTに関するページ:
⇒ TISSOT 1925 PORTOはこちら
⇒ TISSOT T-WIN AUTOQUARTZはこちら
⇒ TISSOT PRS516 Automatic(2004年モデル)はこちら



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