考察シリーズ(23)

PLUTINUM #3776 Music-Nib Ref.PTBM-15000 #1
『プラチナ萬年筆 #3776 ブラック大型ミュージックペン先』の考察



プラチナ・キンギョ”でも触れたミュージック萬年筆。
半年待ちでようやく手元に現品が届いた(萬年筆業界はそんなに活況なのだろうか?)。
ニブの太さ(幅)を表す表現は通常、頭文字をとったアルファベットだが、ミュージックだけはMUSICと記載する。
そんなニブの名称を製品そのものに採用したのが分かり易い。
他社でもMUSICペン先はあるが、ペン先が二つ割式なのはプラチナ(&中屋)とPILOTだけ。
恐らく現行品としては世界でもこの2社だけではなかろうか。
まさにペン先命、のこの独特な萬年筆について今回は考察する。(2010/7/10)


(長年、ミュージックNIBに対して憧れと畏敬の念を抱く〜)

自分は元来、『中字派』である。
文字が大きいこと、カッチリ見易い字を書くこと(⇒他人の評価に基づく)から、どうしても細字系(EF,F)は苦手である。達筆な日本文字には細字が似合うと思うが、自分にはM/Bがしっくりくるし、実際、書きやすい。

それでも太字(B)を買うことは稀だ。
理由は太字ではやや太すぎること、そして中字でも結構太いモノもあり、太字並みか同等NIBもあるので、M/Bの区別が付き難い場合があることだろう。安全策、妥協の結果として中字(M)を選択する自分の踏ん切りの悪さに、時として後悔の念や嫌悪感さえも感じるのだが、実用上、中字が一番使い易いのも事実。

MUSICペン先の存在は昔から認識はしていたものの、太字以上の幅広NIBは日常生活では不要、との考えから特段、それ以上の関心を示さなかった。しかし、俄然、興味を抱いたのは4〜5年前だろうか、雑誌GENTRYの特集記事で見かけた中屋萬年筆製の二つ割式ペン先MUSICにはかつてない”衝撃”を受けた。切り割が二つあるという自分にとって常識外の発想。そして何よりもそのペン先の異様なる造形美・・・。

最近、プラチナ萬年筆の廉価モデルにもMUSICがあることを知り、”MUSIC熱”を再発してしまった。
中屋もプラチナも同グループだけに、両者にあって当然ではあるが、ようやくこの程、#3776MUSICが手元に届いた。
例によって金文字スクリプトによるフルネーム名入れ仕様である。
因みに現行品ではPILOTカスタムシリーズにも二つ割式のペン先萬年筆が存在するが、それ以外では外国品含めての存在は知らない。恐らく、プラチナとPILOT以外には無いのではなかろうか。尚、国産のセーラーにはクロスエンペラーなる更なる『怪物ペン先』が存在することは御既承の通りだ。




(←左写真: これがその異形の二つ割式ペン先〜)

このペン先を考案した先人は凄い。
プラチナ以前にも他社品で存在したと記憶するが、この形状は何時見ても独創的。表現を変えれば『奇天烈』のペン先である。
しかし、切り割が二つあることでインクフローは潤沢の極み。
書き味はキンギョ同様にプラチナらしいというか、やや硬めに感じるが、このMUSICはリッチなインクフローのお陰で、紙面をなぞるようにするだけで幅広の線が湧き出てくる。これは中々の快感だ。自署サインや郵便の宛名書きには最適。
MUSICでは堂々と大きな文字を書きたいものだ。

当然、縦線は極太、横線は中字程度になるが、このメリハリが楽しい。
14金のごく普通の大型ペン先は装飾も質素。いかにも廉価モデルといったシンプルな顔つきだが、今回はあくまでMUSICを味わう目的の購入ゆえに、不満はない。

逆にペン先以外では不満も多いのだがそれは後述する。






(ペン先は全体にずんぐりむっくりした印象”〜)

⇒右写真: キンギョ(M)のペン先と比較するとMUSICの太さが良く分かる。
切り割りの長さが明らかに短いMUSICは、普通であれば相当に硬いペン先になるはずであるが、2本割式のお陰でその分、ペン先が逆に柔軟になり、インクフローの多さも手伝って硬さは感じない仕上がりとなっている。もう2〜3ミリ切り割りを長くしたらどうなるのであろうか。想像しただけでも楽しい。しかし、切り割り2本というのは、使用方法次第では逆に切り割がズレるRISKを伴うのではなかろうか。

切り割り末端の穴は小さめの丸であり、キンギョのハート型とは異なる。プラチナのカタログを見ると、ペン先にハート型の穴を持つのは『プラチナ・プラチナ』と『鍛金万年筆』シリーズだけであり、このキンギョでさえカタログ上では丸穴となっている。ということはハート型というのは最近の仕様変更だろうか?

それぞれの形状に意味があるはずであるが、こうした点についてメーカー側はもっと丁寧に宣伝をするべきである。軸の素材に重点を置いた日本の万年筆であるが、もう少し他の微細なるパーツへのコダワリと見せて欲しいと常々感じている。
特に、肝心のペン先やクリップ、天冠やリングの造形など、犠牲にされている感じる点は多々ある。




(デザイン上の苦言を具体的に述べよう〜)


MUSICの軸色は黒のみ。
何ともそっけなさ過ぎるではないか。
どうしてもっと色のバリエーションを増やさないのだろう。
そして
⇒右写真を見ても分かるようにクリップ形状とリングが何ともフツー過ぎる。デザイン上のオリジナリティ、独創性が微塵も感じられない。

筆者の考える問題点を纏めると以下となる:
@ クリップ形状に色気がなさ過ぎる。余りに凡庸なデザインはX。
   個人的には玉留め式が好みだが、クリップ一つの打ち抜き方、
   クリップ形状と仕上げへのコダワリにこそ、デザインの重要性が潜む。
A キャップのリングデザインはひどすぎる。
   平ったい帯状のリングは2面で構成してはいるものの、
   #3776のそっけない刻印がコストダウン丸見えのデザインでX。
   もっと刻印や背景の文様に工夫を凝らすべきだ。
   このデザイナーは、誇りと自信を持って製品を送り出しているのだろうか。
B 胴軸の色が黒のみで色気、洒落っ気が皆無。
C 極めつけは胴軸+キャップ形状が全体的に余りにMontBlancに酷似。
   MBのイメージに乗じて売り込みたい故意のデザインか、
   はたまた、真剣に作り上げた結果なのか、いずれにしても個性が無い。

特に、Cについてはプラチナのみならず、日本の3大メーカー品に対して、常々不満に感じている点だ。






(万年筆の『全体デザイン論』について〜)


黒軸=落ち着いた大人向けの本格万年筆。
多分、こんなコンセプトが基本にあるのではないだろうか。

⇒右写真:
3社3様にはならず、『全てが皆兄弟』に見える黒軸である。
手前からプラチナMUSIC、セーラーPROFIT、MB146。


クリップ、天冠、キャップのリング、全体のずんぐりむっくり形状など、全てがMB146を模倣している。模倣を全面的に否定しているのではないが、個性や工夫が見当たらない、ということだ。『安い擬似MB所有体験』を狙っているとしたらメーカーとしては恥ずべきことである。

同じ黒軸でも以前紹介した、パーカーDUOFOLDのデザインは見事。アロークリップと造形美豊かな天冠部分だけでも、十分過ぎる程の個性を輝き放っているではないか。
こうした『微にいり細にいるデザイン』を真剣に具現化出来るかどうかが、世界で通用する一流品との違いになるのではなかろうか。まさに、神は細部に宿る、のである。

萬年筆の造形美を構成する重要なパーツとして筆者は以下を考えている:
@ 胴軸全体のデザインバランス
A 胴軸の色彩
B 天冠の形状
C クリップの形状
D リングの形状とその紋様
E ペン先のデザイン
この6点でデザインを磨き上げないと、見て楽しい、持って嬉しい萬年筆にはならない。
現在所有する萬年筆でこれら要素を略満たしてくれるのは、MB、パーカー、デルタ、アウロラ、ヴィスコンティ、そしてやや差を付けられてセーラーの長刀エンペラー根来塗り、くらいである。


日本の万年筆は、ペン先へのコダワリと、書き味追求の方向性を重視する。
しかし、デザイン面での洗練度合いや『遊び』といったもう一つの大きな要因には今ひとつ弱く、その代わりに『素材』に逃げる傾向がある。
何某の銘木やら、鍛金工芸による手製仕上げ、究極は海外には存在しない蒔絵軸仕上げが待っている。
それはそれで一つのジャンルとしては結構であるが、素材の大本となる裸の萬年筆の基本形状にこそ、もっともっとデザイン力を注ぐべき、というのが筆者の強い希望と要求である。




(同じ#3776であればこんな着せ替え遊びも可能だ〜)

軸の太さは異なるが、キンギョとMUSICのペン先は互換性がある。
試しにキンギョにMUSICペン先を装着してみると・・・

これがまんざらでもない。
セルロイド製のキンギョ軸に、AS樹脂製の黒色首軸のMUSICも中々似合うし、むしろコチラの方が数段、存在感も増す。

男性用だからと重厚感を出すために、何でもかんでも黒軸のMB調のデザインに纏め上げることからいい加減に脱却しないと、この先、日本の萬年筆業界は何とも悲しい、暗い顛末を迎えはしないだろうか。

MUSICペン先の話から可也それてしまったが、是非とも各メーカーにはもっともっと『魅力的な造形美』を開発することに血眼になって頂きたいものである。
イタリアにあれだけ萬年筆ブランドがありながら、皆、個性と機能美を誇っているのが日本とは全く異なる。
現代の日本の工業デザイン力には素晴らしいものがある。
一昔前の模倣の時代から、今では世界で模倣されるまでの独創力で溢れる実力を兼ね備えている。
加えて昨今では、日本の文具製品に対するハイテク技術とデザイン力に世界の注目が集まっている。
萬年筆業界にそれが出来ない理由があるはずもない。
しかしながら現実は萬年筆業界だけが、その商品展開を見る限りでは旧態依然とした体質から抜け切れていないと感じるのは筆者だけだろうか。
少なくとも現在の商品展開を見る限りでは、『洗練されたデザイン力』こそに最大の弱みが潜むと考える。
かなり辛辣な表現ではあるが、筆者の偽らざる感想である。
しかし、弱点が分かれば話は早い。
あとは各社の『やる気と実力』、にかかっているのだ。

是非とも日本の萬年筆業界には、更なる奮起と新たなる創造力へのチャレンジを心から期待したい。(2010/7/06)



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