随筆シリーズ (63)  考察シリーズ(10)

『萬年筆と精緻なる時計世界の融合、CARAN d'ACHE "1010" 』
〜The Complications of a watch movement reflected in a pen〜




よくぞ作ったり!!!
時計のムーヴメントをモチーフにした『世界初』の萬年筆だ。
Caran d’Acheはスイスブランドではあるが、ここまで時計の世界に入れ込むとは恐れ入った。
経営陣も酔狂だが、それを商品化した技術陣も凄い。
もしも埋め込まれたヒゲゼンマイが動いた日には『時計オヤジ』は失神するかもしれない・・・

(↑上写真: 付属インクボトルの蓋は時計のリューズを形どる。”パネライ1950”並みにデカイ箱がド迫力である)



(ド迫力のこの萬年筆、よくぞ作ったり!!!)

機会があれば是非とも実物に接することをお薦めする。
恐らく、こんな酔狂な萬年筆はこの後、出て来ないのではなかろうか。
純銀製は世界限定500本、18金無垢は僅か同10本のみ。
18金製の価格はポルシェ911以上、純銀製ならブレゲ・手巻トラディション並みの価格、というのがこれまた度肝を抜かれる。

透明の胴軸からは時計の歯車が透けて見える。歯車はきっちりと噛み合い、まるで今にも動き出しそう(勿論、実際に動く訳ではないが)。特定の時計メゾンとコラボしている様子はないが、胴軸後端にはテンプ(テンワ+ヒゲゼンマイ)とガンギ車までがルビーで固定され埋め込まれているのだから、その凝り様加減が分かろうと言うもの。『時計オヤジ』をもってしてもこの萬年筆、酔狂としか言いようが無い。


(⇒右写真 : 
2007年10月に登場した”1010”。運良くここロンドンで遭遇する。その迫力は圧倒的。4000cc超のエンジンを搭載したセダンのパワーに通じるものがある。存在感は抜群のペンではあるが、価格も半端でない。純金(18K)、純銀製の価格とは言え理解を超える値付けである。多分、世界中のセレブが集まるロンドンゆえに、好きな人には問題も無かろうが、それにしてもどちらの世界の御仁の手に渡るのかと興味は尽きない。)




(カラン・ダッシュとはこういうメーカーだったのだろうかという疑問〜)

スイス人でカラン・ダッシュを知らない人はいない。
小学生から皆、カラン・ダッシュの鉛筆を使っているのだから当然だ。
スイスに根差したブランドゆえに時計と結びつくのは至極自然な流れ。1924年生まれのメゾンというのは萬年筆業界では古参の部類に入る。
筆者なり、『萬年筆オヤジ』なりの位置付けでは19世紀生まれのメゾンは老舗、20世紀初頭生まれは古参、1960年以降、特に1980年代前後までがイタリア勢を中心とした新興メゾンの創世記、というところだ。
ロシア語で『鉛筆』を意味するカラン・ダッシュとはスイス人に育まれれて育ったメゾン。そのメゾンが今や金融と並ぶスイス代表産業の時計業界をオマージュとして開発したのがこの”1010”であるのも納得である。

ペン先には手彫り刻印された歯車が並ぶ。
ここまで来ると最早、萬年筆の域を超えている。このペンを手にしてユーザーが筆記作業に深入りすることはメーカーとしても念頭に置いていないだろう。あくまで機械式時計と合体したオブジェとしての萬年筆、言わば置物、観賞用と考えた方が良かろう。トゥールビヨンにも通じる「観賞用」としての意味合いが非常に強いのが”1010”であろうか。勿論、実用しても結構。但し、書き味は二の次、三の次と考えるべきか。時にはこうしたペンもあって宜しい。



(⇒右写真: 本物の歯車をつなぐトラス構造のようなバーは
        まるでリシャールミルのムーヴメントを彷彿とさせる〜)


モデル名の”1010(テン・テン)”とは、時計の10時10分を意味する。
時計の写真等で一番バランスが良いとされる時刻に由来する。
個人的にはセイコーが利用する10時8分42秒、がベストバランスだ。
10時10分では左右対称とはならず、ややアンバランスとなるのは周知の事実。

因みに、大手メゾンのカタログにおける時刻表示を見てみると・・・

セイコー 10時8分42秒
シチズン 10時9分35秒
ロレックス 10時10分30秒
オメガ 10時8分37秒
パネライ 10時8分37秒、10時9分38秒等まちまち
パネライフェラーリ 10時9分前(秒針は正午位置)
パテック 10時9分(秒針は30秒位置)
IWC 10時8分36秒
ジャガールクルト 10時8分35秒
TAGホイヤー 10時10分37秒(グランドカレラ)
FPJ 12時52分(Octa Luneの場合・・・文字盤デザインに合わせて異なる)
シャネル 10時8分38秒
ランゲ&ゾーネ 1時51分22秒(秒針と時分針が合致しない)

どうやら各社とも、概ね10時8-9分が静止位置としての標準時刻であることは間違いない。
正確な時刻表示と時分針、秒針の位置が連動しているのはセイコーとシチズンのみ。
この辺にも国産メゾンの特徴というべきか、几帳面な性格(正確)さをを感じてしまう。



(あらゆるパーツに時計部品が配置される〜)

胴軸の後端(通称、尻軸)には右写真のようにテンワがヒゲゼンマイ付きで固定されている。ご丁寧にも赤いルビーまでもが配置されているのだから溜息である。一体、このルビーは何方式の耐衝撃性を持たせるのであろうか?インカブロック?キフショック?などと考えるのは下世話な話。ここは単にルビーの美しさを鑑賞するのみに限る。。。

萬年筆と機械式時計。

共に現代では必ずしもその存在意義に合理性、必然性を見出せないが、不思議と持ち主の個性や人間味を色濃く表現する独特の世界がある。しかし今回の”1010”萬年筆も結構であるが、出来ればもう少々グレードを下げて、手の届く価格帯で手軽なボールペンやローラーボールでの”1010”商品展開もして欲しいものだ。

ともあれ『時計&萬年筆オヤジ』としてはクチ・アングリの『驚愕・機械式萬年筆』である。(2008/01/01)


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