恐らく一般的には聞き慣れぬブランド銘だろう。 デザイン的には”Zeno Watch Basel”をも連想させる。 日本では殆ど流通していないマイナーブランドであるが、その歴史は1886年創業と古い。 歴史だけをもてあそぶ広告路線には興味が無いが、一応、この時計はスイス製。 但し、アッセンブリー中心のよくある廉価ブランドであり、 そうなると価格とデザインの高度な融合が求められる厳しいクラスにある時計であるのだ。 (2013/07/06 492000) |
(白色系の文字盤には原則、興味が無いが・・・) 元来、自分は『黒金党』である。 白色文字盤はどうも、普通の感じがして好みから遠のく。 ドレスタイプであれ、スポーツモデルであれ、基本は黒文字盤を選択する。 今回のモデルは丸でエナメル製かかラッカー処理を施したしたように純白の白色文字盤である。黒文字盤とはまさに、好みと間逆をゆくのであるが、『青色針』というのがミソ。青焼き針のような極太針が白文字盤上で映えるのである。これが何とも美しい。青焼き針は白文字盤との組み合わせ以外には有り得ない。 『針で選んだ時計』。 それが今回選択した唯一最大の理由でもある。 (⇒右写真) 同型文字盤には金・銀のケースカラーが揃うが、やはり王道は前者。金色GPが古典的なケース形状と文字盤に非常に良く似合う・・・。 |
(古典的形状の『極太青焼き針』 〜) 正確には青焼き針ではないだろう。 10万円以下の価格帯の時計において、ブルー・スティール処理を施すのは採算的にも効率的にも合わないはず。ペイント処理されたものと推測するが、それはそれで良い。 青色の発色具合が見事。キラキラとブルーに反射する針は純白の文字盤上で清楚なる対比を見せる。この針形状は、ロジェ・デュブイなどでも見られる。リーフやスペードの変形っぽいが、古典的な針形状にややストレートラインを組み合わせているところが微妙に異なる。 ETAムーヴメントとのバランスも良好であり、小ダイアル位置が絶妙なる中間位置にある為、数字の6のindexに何等干渉していない。デイト表示がやや内側に来るのは悔やまれるが、小径ムーヴ故の悲哀である。しかし、意匠面ではさして大きな破綻を生じているとは言えまい。ギリギリ許容範囲ではあるまいか。 (モデル名のSOWARとは当時のインドにおける『騎兵』【horseman】を意味する 〜) モデル名の”SOWAR 1916”について少々解読してみる。 ”Sowar”とはヒンドスターニ語、即ちインド北部の大平原にまたがる地域の言語であるヒンディ語圏やウルドゥ語圏が含まれるが、騎兵・戦士を意味する言葉である。第一次大戦時にこの地域に派兵された英国軍に支給されたのがWest End Watch Co.であり、このSowarでもある。いわば軍用時計としてのルーツを持つ歴とした『ミリタリー・ウォッチ』の素性がある訳だ。この当時に命名されたモデル名がSowarであり、その復刻版とも言えるのが今回のモデルである。 Wikipediaによれば、この時計はアラビアのロレンスことThomas Edward Lawrenceと彼の率いる特殊兵士達が使用したとも伝えられるが、果たしてその真偽(確証)は定かではない。確証が無い限り、筆者としてはこの逸話を信じることは出来ないが、一方で、スイスのビエンヌにあるオメガ博物館でも、ロレンスが使用した時計が展示されている、とオメガ公式ホームページでは説明している。オメガ博物館に展示されている時計ということは当然、オメガの時計であるはずだが、とするとロレンスはオメガも愛用していたということになる。果たして、このWest End Watch Co.のSowarが実際にロレンスによって使用されたのか、もしそうであればロレンスは同時にオメガも愛用していた『時計マニア』でもあったのか、興味は尽きない・・・。 オスマントルコのアラビア半島進出が台風の目であった当時、ロレンスがアラビア半島(⇒特に紅海側のヒジャーズ地方)で活躍したのは1916〜1918年当時であるので、時系列的には合致する。 一方で、もしロレンスがこのSowarを使用したことが確実であれば、ブランドにとってはこの上ない宣伝文句にもなるはずだが、West End Watch Co.の宣伝文句には正面切って登場してこないところを見ると、やや疑問が残る点ではある。 余談だが、『時計オヤジ』は今年、実際にヒジャーズ地方を旅する機会を得た。当時のヒジャーズ鉄道跡をこの目で見た時の感動は言葉では上手く表現できないが、まさに歴史に翻弄されたロレンスの残像が脳裏を過ぎるかのようであったのだ・・・。 こうした背景を噛み締めつつこのモデルを眺めると、当時の英国のインド進出・支配の歴史やら、オスマントルコの東方侵攻対策で列強がサウジアラビアを舞台に熾烈なる駆け引きを行っていた状況が想像できるようで楽しい。 まさしく、時計一つにも歴史あり、である。 |
(極厚のサファイアガラスと大型で菊型竜頭は雰囲気満点 〜) 見よ、この肉厚風防を。 右写真でも、風防ガラスの厚みが感じられよう。 丸で前面が拡大レンズのような厚みである。 ケース径は39mmもあるのだが、実際にはもっと小振りに見える。 ラジオミールのようにワイアードループのような古典形状に見せかけたラグと、丸みを帯びたケース形状が小型に見える大きな要因だろう。加えて大型で菊花のような竜頭がデザイン上のアクセントとなっている。1916年当時のオリジナルは手巻きであったと推測するが、そうであればこの様な大型竜頭は非常に実践的で使い易い形状であったはず。 このモデルでも竜頭ガードなしで備わっているのが、より古典的意匠を強調している。 金色ケースに純白の文字盤、そして大型竜頭とバーガンディっぽい光沢のあるクロコ調の革ベルトは白スティッチと相まって、軍用時計の素性を持ちつつも、ドレスウォッチとしての気品さえ醸し出しているのが魅力である。 (ETA2895-2搭載だが、凡庸な時計ということ勿れ 〜) このブランドは1886年の創業依頼、実に1500万本を販売してきたと公式HPでも述べられている。単純平均しても年間10万本以上の生産を行ってきたことになるが、この数字は俄かには信じ難い。分業制のスイス時計産業において、この時計はアセンブリー中心で組み立てられ、生産・出荷されてきたのであろうが、そうであってもこの数字は驚異的。現在の生産本数も気になるところであるが、主要市場が中東・インド、そしてヒマラヤ地域中心ということを考えれば、尚更、現在の販売動向が気にかかる。ましてやその知名度が圧倒的に低い現状を鑑みても、『1500万本』というのは疑問に感じるところだ。 *** お約束のシースルーバックからは、字板上にははっきりとETA番号が確認できる。 2895-2は、ETAの名機2892の中三針式ムーヴをスモールセコンド用に改良したキャリバーである。凡庸なキャリバーとの評価が巷では定着しているが、『時計オヤジ』のETAへの評価は高い。量産ムーヴでありながら、耐久性・精度、そしてそのメインテナンスの容易さとパーツの豊富さからも、これこそ肩肘張らずに、費用も最小限の投資で楽しめる信頼性の高いキャリバーだと考えている。特に自動巻き2892は、手巻き6497系、クロノグラフの7750系(Valujux)と並んで『ETA御三家の信頼キャリバー』、と考えている。その改良版、スモールセコンドに改良した2895-2ということであれば、何等文句の付けようがない。 雲上ブランドのマニュファクチュール・キャリバーも結構であるが、この種時計にはETAキャリバーこそが一番似合うと思っている。 お慰みのような”W”ロゴが刻印されたローターと、最低限のペルラージュとジュネーヴァコート処理は、正直、嬉しい。 (可も無く不可もないベルトではあるが・・・) サイズは20/17mm。やや変則幅であるが、20/16mmでも19/16mmでも兼用可能だ。 バックルは今や一般的となったプッシュ式ダブルバックルで実用的な仕様であるのが嬉しい。 左写真のように、裏面にはブランド銘とマークがエンボスされている。通常はメーカー名まで入れぬ方が多いので、こうした『小さな記号』ではあるが、何故か心くすぐられる。 今回の購入場所はドバイの老舗時計店”Siddiqui & Sons”であるが、無理せずに手が届く価格帯というのも嬉しいやら、恐ろしいやら・・・。 (実はもう一種類、この黒金モデルに惹かれている 〜) SOWARの本命とは実はこの黒文字盤であると思っている。 ⇒右写真はオリジナルのアンティークモデル”Secundus”(⇒意味未確認)。年代は定かではないが、恐らく1930〜40年代頃の固体と推測する。ケースに溶接された、か細いワイヤードループが年代を感じさせる。このオリジナルからも分かるように、 @巨大なる逆三角形の大型竜頭、 A黒文字盤にアラビア数字INDEX、 Bピタリとマッチするコブラ針。 この『3点セット』がWest End Watch Co.のトレードマークであることが良く分かる。 *** (↓下写真が黒金モデルの復刻版) 夜光を厚めに盛り上げたアラビア数字indexとコブラ針。この文字盤にはコブラ針以外は絶対に似合わない。 やや緑がかった夜光が盛られたこのアラビア数字は、見るからに『軍用』のイメージが強い。アラビア数字の書体もオリジナルに沿って略忠実再現されたもの。そこはかとなく1930年代当時の古典の香りを感じるのだが、このモデルは更に古い”1916年SOWAR”へのオマージュというから、ノスタルジーは更に高まる。 黒ラッカー仕上げと思われるフラット形状の文字盤もシンプルで美しい。何とも魅力的な黒金時計ではあるまいか。”Sowaru 1916”の代名詞たる顔を持った歴史的なタイムピースである。 もしこの時計が店頭に並んでいれば迷わず確保する積りである。最悪、銀色ケースでも良い。手首上に違和感無く納まるサイズといい、全体のムードといい、『ヒジャーズ王国』のDNAを引き継いだかのような勝手な理解をしている『時計オヤジ』には、注目度抜群の時計である。 *** 入手するべき場所はドバイ。 誰も注目もしない時計、凡庸な時計ではあるが、次回のドバイ訪問での大きな目的がここに誕生したのである。 (2013/7/06 492000) 参考文献: Wikipedia "West End Watch Co." ⇒ 時計のページに戻る |
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